人と料理

2017年4月18日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎その人が見える料理

今夜は、仲良くしてもらっている茶懐石の料理人の方と久しぶりに銀座で会食。時々二人で食事をしますが、今日はどの店かな、、日本料理の方なので、割とフレンチかイタリアンの店に行くことが多いのですが、今日は初めて和食の店に行くことになりました。銀座のビルの2階の小さな店です。

最初からなぜか椀物。珍しいです。お腹を温めてくれてるのかな。。それだけで、その友人は面白がっています。プロってこういう時が楽しいみたいです。自分と違う考え方やセンスにとても感心するみたいです。次々とお料理が来るのですが、とても丁寧で美味しい。ちょっと旅館みたいだねと言います。

でも旅館ってこんなに沢山の素材の仕込みできないです。一体素材の種類ってどのくらいあるのかなと思うほど野菜も魚も豊富です。伺ったら50種類は超える素材を使っているそうです。
最後まで、丁寧な出汁の味が品良く使われていて、とても好感度が高いお料理でした。そして尚且つ気楽に楽しめるのです。ここがえらい!お人柄が出ています。えばらずいい食材を丁寧に。これがこの店のモットーのように思いました。その店の料理人さんは山形の方でした。それもまた東北応援の私にとっては嬉しい。

「日本料理って何となくハードルが高くて緊張しはる人多いから、この店ええわぁ。。この店には若い人に来てもらいたいなぁ」と、友人はいいます。

そうです。。日本人が日本料理に馴染みがなくなってしまっているのです。知らないものに人は遠慮や緊張をするものでした。昔はそれがフレンチだったけど、今は日本料理も敷居が高くてきちんとした店はなかなか。

彼の京都の店には、最近外国人が3割を超えるそうですが、逆に接待する日本人の方が緊張していて、尚且つ魚も上手に食べれなくて外国の方の方がきちんと食べるらしいです。
でもタケノコについては、「なんで竹食べるんだ」という中国の方もいるらしく、タケノコの煮物はダメで揚げ物にしたりしてるみたいです。面白いな。。いろんな食文化があります。
でも彼の店にくる外国の方って相当な知的レベル高い人なのではと思います。

我ら日本人がきちんとした日本料理をまずは若い時から経験するべきだと思うのでした。

帰りの銀座を歩きながら、つくづく料理に人格が出るってすごいことだね、その人らしいって思うことってなかなかその道を極めてないと出来ないね、やっぱり、料理もデザインも人なんだね、とそれぞれに感想を話しました。

岡部泉

春眠

2017年4月16日 | izumi | 未分類

◼︎気がつくと寝てる

夜は頭の中がぐるぐると仕事が回り続けてなかなか眠れなかったり、朝は、あれはどうだったか、やっていないことはなかったか、などと仕事を追いかけている自分に気がついて目覚めます。
これでは脳が休まらないじゃないかと脳を心配しています。

しかし、それもある限界を超えると、脳全部をスクリーニングするかのように、眠り続けました。ふっと気がつくと寝ているのです。あれ、こんなに寝てたんだと思うと、また眠りに落ちる。どうしもなく眠い。

これは春眠暁を忘れるってことなのか、脳が勝手に自助努力をしているのか。。
後から時間を追ってみると昨日から今日にかけて20時間も寝ていました。まさに最高記録。
それだけ眠りが必要だったんだと良しにします。

岡部泉

日田の漆喰

2017年4月14日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 奥日田温泉 うめひびき

◼︎大御所登場にやったぁ!

この案件の新築の外観に瓦を埋め込んだ壁があります。梅をテーマにしているので、この壁は梅干し色にしています。この地域は、梅干しといっても昔ながらの梅干しなので相当しっかりとした赤なのです。そこに山田修二さんの瓦を梅型にして埋め込んだ漆喰の大壁をデザインしました。
まさに新館の肝になる見せ場です。

しかし、これどうやってやるの?って現場では悩みの種です。これ真っ向本気の左官で仕上げてもらいたのが私の本望ですが、なんとも予算もあるし、、悩みの月日が過ぎていきました。もう躯体が立ち上がる時です。

朝、眩しすぎるほどの朝日を受けた現場をみていたら、斜面からM所長が上がってきました。どうですかって話しかけたら、もう眠れないよと。心なしか元気がありません。朝日を背に暗いかんじ。
でも、やるなら本気でいくべきか、、そうですよね。
九州には原田さんという左官の大物がいます。どうでしょう。その方をお呼びしてはと何度も喉まで出掛かっていました。
でも、いい機会と思い無理と分かっていてもちらっとお話しました。

しかし、、しかし、、、午後になって、すごい。その原田さんが日田にいたのです。これもご縁か。原田さん自ら現場にきて相談に乗ってくれることになりました。この建物は日田の豆田の大屋根の白と黒の漆喰の蔵にインスパイアされてデザインしました。この間見に行ったら、養生されていました。原田さんはその改修工事をされているそうです。

ダイナミックな仕事が多い原田氏。あっという間に現場の悩みもご理解いただき、短い期間での作業工程に対する分析も素晴らしく速い。その提案力と建物のイメージのつかみもすごい。想像をはるかに超えた素晴らしい提案をいただきました。瓦を活かしたむくりを大胆に使った鏝絵みたいなものです。
あっという間にこの建物がムクムクと立体的な力を持ち始めました。
この漆喰工事が行われる8月は目が離せません。

やりました。

ついにこんな奇妙なデザインの建物が工芸に変わる時がきました。
ありがとうございます。M所長。大きな決断をしていただきました。感謝、感謝です。でも、次の心配が生まれてもっと眠れなくなるかもしれませんが、あとはスムーズに工事が進められるように早く未決案件を解決してがんばりますね。
まずは、梅干し色の瓦大壁のデータを明日からつくります。

おつかれさま。。。

岡部泉

杉の国

2017年4月13日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 奥日田温泉 うめひびき

◼︎地元は知ることで素材を決める

今日は、大分の大山へ。奥日田温泉となずけた旅館の家具や建具などを決めます。大体は、タモやセン、ナラなどが汎用品なので使ってほしいと言われることが多いので、気を使ってそう指定していました。
しかし、さずがここは杉の国。

杉は大量に流通しているので、圧倒的に杉が安いらしいです。杉以外は高くつくようです。それならば、杉にしましょう。
となるとまた家具や建具のデザインも変わってきます。

杉はとても柔らかい優しい素材です。しかし、その柔らかさが傷になったりするので、天板などには不向きです。さてさて次の工事会議までに杉の健康感を活かしつつモダンなデザインを考えていきましょう。

岡部泉

言葉の達人逝く

2017年4月12日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎言葉に細心の想いをかけた人

詩人の大岡信さんが先日亡くなったという記事を目にしました。中学生くらいの頃にこの方の名前を覚えました。
また一人、文学の巨星を失いました。

折々のうた。。。朝日新聞に掲載されていたこの「折々のうた」を読んでいるとはっとすることも多く、言葉を選び切ったうたは、とても奥深くに幾重にも広がりがあり、時間や思いや風景を閉じ込め研ぎ澄ました最小限の物語のように思います。

谷川俊太郎さんが朝日新聞にとても美しい哀悼の詩を寄せていました。
言葉でなく波音で送る。
なんと言葉さえ超えた声さえ意味さえ超えた境地を綴っています。
その詩の品格の高さに絶句しました。

ヒトの言葉で君を送りたくない

砂浜に寄せては返す波音で

風にそよぐ木々の葉音で

君を送りたい

 

声と文字に別れを告げて

君はあっさりと意味を後にした

朝露と腐葉土と星々と月の

ヒトの言葉よりも豊かな無言

 

今朝のこの青空の下で君を送ろう

散り初(そ)める桜の花びらとともに

褪(あ)せない少女の記憶とともに

 

君を春の寝床に誘(いざな)うものに

その名を知らずに

安んじて君を託そう

大岡信さんは、三島の出身だったそうです。私も子供頃に三島の近くの伊豆に住んでいて、何度もバスで通った街です。とても親近感を覚えます。あらためて私も言葉を見直すためにも「折々のうた」を読み返してみようと思いました。
ご冥福をお祈りします。

岡部泉

謝罪って

2017年4月11日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎常識は常識じゃなくなった

最近、うちの会社のことでとんでもなく間違った情報がとあるフリーペーパーに載っていました。全然知らなかったことですが、うちの社員の子から報告がありました。そうであれば、当然しかるべき相手に謝るのが当たり前であると思います。

昔だったら、印刷物であれば一文字の間違いも許されませんでした。うちのデザインの子にも、文章については厳しくしていて、何度も声をだして読み合わせをさせてきました。私たちにも忘れられない失敗がありました。あるプレスリリースをつくるのに、最後の入稿の時に印刷会社のスタッフがたった一文字の漢字を打ち間違えて、発注者であった私は平謝りでした。私もチェツクができなかった土壇場でのことでした。
もう二度と切羽詰まった入稿はしないと心に決めました。

しかし今は、情報も何もかもが薄い時代なんでしょうか。その主体者が全然違う記事を出した編集の代表者という人は、電話で、そちらのスタッフさんに電話するように言われて電話してるんですけど、、いやぁ、いつも原稿チェックしてもらってるんですけどね、、今回はそれしなくって、、でも修正文も出しましたし、相手さんにはもちろん謝ったし、、。もうそれでいいでしょってかんじで、何だか立場がおかしい、この人幾重にもミスがあるのに。
一番、謝るべき相手はだれでその間違いの責任ってなんだろうと思いました。電話での謝罪というのも簡単だなと思います。これがネット社会になった傾向なのか。。顔の見えない、背景も知らない電話の向こうのその人に思わず、あなたは何歳なんですかと聞いてしまいました。なんでそんなことを聞くんだというその人に、いつから文章や情報を印刷することの責任の重さは変わってしまったのかと、私の常識はもう常識ではないのか、それは世代なのか思っただけですと答えました。そしたら、一体年齢なんか関係ないじゃないかとムカつき加減にいわれました。

そう、こうなると年齢は関係ないかもしれません。その人の資質であり、そして個人的な社会観なのかもしれません。言葉や情報に対する価値観というものが全く違う人に、腹を立てていてももう仕方ないかと、何だか空虚な思いになりました。
今や情報は軽く賞味期間はとても短い。いろんな情報はただの字面で空間を埋めるものなのか。。メディアを扱う人たちの意識や誇りやミッションが変わってしまっているように思います。

そこらへんにある情報はまともに信じてはいけない嫌な時代になりました。

岡部泉

不安が、、

2017年4月8日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎何か起きなければいいけど

一日中、工事会議が続いたので、ニュースなどを見ることもなかったこの二日間。しかし、羽田から帰る電車でネットニュースをみたら、とんでもないことが起きていました。アメリカは急にミサイルとか発射してしまうんだ。。。
とても不安な気持ちになります。日本はアメリカに配慮したコメントを出し、一体どこへいくんだ。。

岡部泉

悲しみの日

2017年4月7日 | izumi | あかん湖温泉, イエローデータデザイン日記

◼︎優しくひたむきな人

急なことでした。毎回北海道で工事をするたびに、木彫の仕事をしていただいたり、作品つくりをお手伝いしたりと12年あまりもご一緒させていただいた木彫家の滝口先生が亡くなりました。

つい昨年の忘年会で一緒に笑ったりしていたのに。。あまりに突然でした。
訃報のお知らせを聞き、先生のアイヌコタンの店に伺います。一階の店舗兼アトリエには、作りかけの女性の木像に形取りの黒い線が引かれています。まだまだ作り続けようとしていたことがわかります。二階の部屋に上がると先生の隣に小さな椅子に腰掛けた奥様が下を向いたままでいらっしゃいます。とても仲の良いご夫婦でした。お声をかけると、お互い抱き合って、奥さまは涙をいっぱい溜めて「いつもいつも感謝してたんです」そう言ってくださいます。それはこちらこそです。鄙の座のウエルカムラウンジのために羽を広げたシマフクロウがいる大きな椅子を作ったもらったのが最初でした。私のスケッチから理想的な木彫を作っていただきました。スケッチをみてうんうんとうなづいて、ひたすらノミを持ち木に向かう先生の姿が思い出されます。網走の長く大きなバーカウンターには、オホーツクをイメージした文様を私がチョークで描き、その後先生が彫刻してくれました。そしてそのカウンターの端に先生と私の名前を彫り込んだ後、どうだといわんばかりのお茶目な顔も思い出に残っています。優しく本当にひたむきな方でした。

先生のお顔を拝見すると、まるでゆっくりと眠っているようです。あの女性像どうしようかなと作品の構想を考えているようです。ご本人もまだ気がつかれていないように思えます。
この日にここに来れたのも、ご縁です。先生にお別れと感謝を申し上げることができました。そして、またあちらの世界に行ったら一緒に仕事しましょうとお伝えしました。

岡部泉

北の工事会議

2017年4月6日 | izumi | あかん湖温泉, イエローデータデザイン日記

◼︎北の国にも春の気配

釧路空港に着いたら、何となく二週間前より春の気配がします。雪も少しだけ残っているだけです。東京はもう桜満開ですが、ここにも春の足音が聞こえて来そうです。

とのんびりしているのも、空港から現場に向かう一時間半ほど。夜中まで資料を作ったりして、結局寝る間もなく、朝5時ごろ起きて飛行機に乗ってやってくるのが出張なのです。こんな暮らし、いつまでできるんだろうと思います。

到着してすぐに打ち合わせが始まります。そして夜の9時ごろまで。すれすれでレストランに入れてもらって、現場の所長と一緒に駆けつけのビール飲んで、、ああ、、あとは温泉入って今日もおつかれさま。

岡部泉

古民家

2017年4月3日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎やはり古くなってもいいものはいい

もう20年ほど前に、まだ暇で工芸かアートか訳のわからない個展をしていて、その作品を見て連絡をいただいた方がいました。あまりにもその個展の作品が渋ったので、お会いするまで私をおじいさんだと思っていたそうです。会うと毎度毎度この話をするので、もうネタになっています。

その方は、東京の多摩地域で古民家の料理屋を三軒、そして台湾にも店を広げられて、庭や古民家、しつらえなどをトータルにやられています。雑誌で見るときには、かなりすましていますが、実はキミマロ大好きなギャグ連発オヤジです。70歳近くなるというのに42歳くらいの身体年齢らしいです。いつでも落ち着いていません。いつもせっかちに動き回っています。

今日は、その大きな古民家のお土産やさんを作りたいとのことで、そのお土産の商品を何にしようという相談です。私が親しく仕事をさせていただいている日本橋のお菓子屋さんをお連れしました。いつも都心にいる方たちなので、この田舎の古民家と川の音、そして桜に相当癒されたようです。この短い滞在時間に心がすっかり癒されたということです。

どんな時代であったも、心を動かされるものは自然であり、自然の素材です。古民家の美しさが、人の考えるデザインを超えてしまうのは、年月が加えた魔法のようなものがあり、それには敵わないのです。経年変化を恐れる商環境ですが、やはり本物は朽ちてもその朽ち方が美しい、そしてその美しさがわかってこそその経年変化は生かされるものです。再度、自分が求めるデザインとは、昔と変わらずこんなことなのだと思いました。

ただ、仕事では、なかなかそうはいかないのが実情です。せめてもや、つまらない薄ぺらな素材は使わないようにしたいと思うのでした。

岡部泉