建材ショー

2017年3月10日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎木ではありません

今日は、ビックサイトの建材ショーに行きます。いろんな建材会社が一堂に集まる新素材を見るいい機会なのです。

沢山の人たちであふれています。ある大手の企業のサインが見えます。そこには「木ではありません」と書いてあります。つまり木にそっくりだけで木じゃないってことです。最近は不燃認定の建材が大活躍です。燃えないものということです。

このフレーズからすると、木はすでに「燃える、傷がつく、弱い、汚れる、、」という弱点ばかりの素材ということです。建材ショーにあっては、本物の木であることが価値であった時代ではないようです。それもわかるのです。商業施設では、本当に木はその通り弱点だらけなのです。特に海外の観光客を多く受け入れようとすればするほど、靴にあった丈夫な素材、大きなキャリーバックに耐える素材が必要です。そして不燃。

その「木でありません」という素材は進化を続け、本当に素人ではわからないほどよくできているし、センスもよくなってきています。チャチャッとかっこいいビジネスホテルが誰でも作れそうです。セールスの人も同じような営業トークをします。綺麗な3Dの曲線を持つ不燃芯材に木風フィルムを貼った商材に「どうですか、いいでしょ。簡単ですよ。間接照明なんか当てたら、もうすごくかっこいいんですよ」。。そうですね。でも何だか心がざわつきます。

私がそこまでやって良かったんだっけ?簡単で良かったんだっけ?大丈夫、私?チャチャッとできていいんだっけ?土壁や無垢板や漆が好きだった工芸出身者はこう思ってしまうんです。

でも施工期間も予算もあるし、チャチャッとデザインして傷のつかないものも喜ばれるのかなと思ったり。自問自答が続きます。
いい素材とか、伝統技法とか、経年変化なんて相当な通じゃないとその価値なんてわかんないじゃない、どうせ、本物なんてわからんないじゃない、これだってそっくりなんだから、ともう一人の自分が囁いているようです。

いつか、ビックサイトに「人間じゃないんです」という広告が出てきそうに思いました。
「これ人間そっくりですが、年は取らないし、文句は言わないし、お給料もいらないんです。見た目もいいでしょ、オリジナルもできますよ、どうですか、いいでしょ。」とセールスマン。
「そうですね。便利ですね、性格いいですか?」とそのアンドロイドを選ぶ自分が容易に想像できました。

シワができたけど年取って良かったとか、長く使い続けて愛着がわいたとか、そんなしみじみとした思いなんて必要じゃなくなるんだろうか。機能と見た目と便利なものへと進んでいくんだろうな。

でも私は、そのアンドロイドをバージョンアップはしても簡単に捨てたりしないんだろうとは思います。

岡部泉

久しぶりの午前様

2017年3月9日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 奥日田温泉 うめひびき

◼︎だんだんと見えてくる

今日は、というか昨日ですが今やっている案件の細かな詰めをしていきます。金額の詰めも必要ですが、ディテールの詰めが本当に大事です。やり始めると止まらないほどいろんな気になるところや、もっともっといいものへという欲求が高まるのですが、いやいや、予算もあるしと胃がキリキリとしてきました。

建物って本当におおきなオブジェです。心配だらけです。そして旅館は耐久性が大事です。お客様は何をするか想定がつかないのです。昔の旅館って何と丁寧に使われていたのでしょうか。

風呂敷で旅行していた時代は当の昔ではありますが、何といってもカバンもキャリーバックも丈夫になりすぎです。ここも耐久性を求めるんでしょうが、キャリーバックのキャスターが最大の敵なのです。畳寄せはどんなに硬い木を使ってもガリガリになるし、コーナーの柱もいつのまにか丸くなるほど。

どうやったらこんなに傷がつくのだろうと思うところにも傷がつきます。この間行った旅館で、「先生、次は全部ダイノックとメラミンでつくってくださいよ。メンテナンスフリーにしてくださいよ。これって全然傷かつかないからいいですよね。木だかなんだか区別つかないです。」と若い支配人が言います。「まじ、、、、さみしい、、」。。。「なんだか空気感がちがうんじゃない、、」とぼそっ。

日本の優しく柔らかな素材は今や迷惑な素材となりつつあります。そんなことを考えてると全部がタイルとジョリパっトとメラミンとワーロンになるのです。いつか見切り材のメラミンなんか出来てくるに違いありません。

でも、確かに友人から送られてきた某有名建築家の旅館の白木の縦格子で囲まれた旅館は、当時の清潔感のある美しさはすでになく、根雪によってかわいそうなくらいその端正さを失っていました。

そんなものを見つつ、A君と30年後でも美しい建物とはと語りつつ、午前様となりました。

岡部泉

北海道の会議2

2017年3月8日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 碧の座物語

◼︎現場は雪だらけ

昨日は、見たこともないほど大きなぶどう海老とアワビと北の国の山菜を鉄板焼きでいただきました。フレンチのシェフが鉄板を操る様はなんともカッコイイ。この土地に作る旅館には鉄板焼きやさんも作ります。いいな、北海道には鉄板に似合う食材が沢山あります。鉄板の厚みってどのくらいがいいかなぁとか、、とかなんとか言いつつ、料理長たちとまた夜中まで飲み明かし、、寝不足に加え、やや二日酔い。だめだなぁ。

でもそんな甘えたことは言ってられません。雪降る中、現場チェックに行きましょう。支笏湖の現場は雪に覆われていて、敷地図の傾斜はよくわかりませんが、よく知った土地です。この土地から見える不風死岳は堂々と青い湖に横たわっています。

真っ白な出来立ての雪の上には小さな鹿の足跡が跳ねるように点々と残っています。白樺の向こうにキタキツネがこちらを眺めています。そんな雪に覆われた現場をあちらこちらから見て、昨日まで書いていた図面の露天風呂は大丈夫かなと想像してみます。ここは国定公園なので、建物の制約がかなりありますが、なんとかクリアして進めていきたいものです。ただ電信柱が風景の邪魔だなぁと思ったり。観光立国日本としては、電信柱の埋設をどんどんしていただかないと。

なんとなくイメージはできました。これで東京に戻って立面図へ進みます。

岡部泉

北海道の会議

2017年3月7日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 碧の座物語

◼︎ぐるぐると頭がまわる

25部屋、全部違う。そんな旅館を作っています。全てがスィートルームとかいうことで、明日の会議のためにじゃんじゃか部屋を作ってみました。でも難関も沢山。それでも案外面白いものです。いつの間にか夜中。結局あまり眠る間もなく羽田空港へ向かいます。千歳空港まで一眠り。

岡部泉

震災から6年

2017年3月6日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎仮設住宅での活動も一区切り

東日本大震災からもうすぐ6年がたちます。震災直後のことを思い出します。忘れることができないほどの大きな衝撃でした。何かやれることはないかと始めた活動の一つに仮設住宅での料理教室があります。子供もお年寄りもみんなで料理を作ろうと知り合いのシェフたちが参加してくれて始まりました。いろんなイベント含めると100回ほどの開催となりました。

最初は、地図は全く役に立たないほど風景も道路も変わってしまっていました。悲しみからなかなか抜け出せない空気がいっぱいで、どうしていいかわからない胸が詰まる思いがしました。

避難所から始まった活動でしたが、少しづつ笑顔が生まれて美味しい食がこんなにも人を楽しくさせるものだと食の大切さを感じました。仮設住宅に移りはじめ今は復興住宅が整備されています。いろいろな人たちが自分たちの新しい住処に移っていきました。

食と人を結ぶという意味でつけた「おむすび」という仮設住宅での料理教室の役目も終わり、次回で最後となりました。最後の回に登場してくれる東北のシェフにお礼の手紙を書きます。「おいしいが笑顔をつくる」どこかの企業のスローガンみたいですが、それは本当のことです。沢山の笑顔を作ってくれてありがとうございました。そして最後の回をよろしくお願いします。

この活動は、東北の沿岸の子供食育教室として続いていきます。魚食の国ですから、まずは魚をよく知ってる子供になってほしいと思います。また次の時代を迎えられるためにつないでいきます。

岡部泉

街が動いている

2017年3月5日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎東京はどこもかしこも工事

渋谷の駅前、東急の跡地の工事を羽田から帰るたびに見ています。どんな街になっていくのだろうか。うちの会社も渋谷の代々木公園の近くにありますが、大きな工事から小さな店の工事までいつもいつも新しく変わっています。なんで今、こんなに街が動いているのか。もちろんオリンピックのこともあるのですが、それだけでなく何かが変わってきはじめています。

裏通り好きの私としては、お金がじゃぶじゃぶ出て行くようなものを見ていると少し怖いような気持ちになります。渋谷には新しいアメリカのどこかから持ってきたようなコーヒーやさんがたくさん増えてきます。これも投資っていう店なんだろう。注文が難しい。全然、わからない沢山のコーヒー豆の名前。もう覚えらないし。

奥渋といわれているうちの近所は小資本の美味しい店が増えて、それはそれでありがたいです。今日は、うちの会社の近くに小さな自然食品やさんが出来ていて、若い男の子と女の子がたどたどしくやっています。あれ、ここ前はミュージシャンみたいな子がやってたコーヒーやだったな。ガレージの学園祭くらいのみたいな店。思いつきで店は開けるけど続けるのが大変。経済の波に乗るのも飽きずにやるのも本当に大変です。でも、若いからがんばれと心の中でおもいつつ野菜やパンを買います。

今日もたくさんの図面を整理しおわって、裏通りの私もがんばった、ここでおしまい。

岡部泉

図面づくし

2017年3月4日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎目が痛くなる

私の会社の机は、三つあります。仕事がいろいろあるので机ごとに仕事を分けています。一つはパソコン用の机、大して技もないのですがグラフィックや企画書を作るのに使います。あとは図面を広げたりスケッチをする机。この机は大きな机です。もう一つはいつでも絵や書が書けるように、墨や筆とフェルトが置いてある机です。私の一番の聖地であります。でもその机は今は図面やカタログ置きになっています。スタッフのT君が適当に持ってきては適当に置いていくので、少しイラっときます。

最近は案件が重なっているのでたくさんの図面を見続けています。書いては修正の連続です。おかげで目が痛くなります。図面づくしの毎日です。目が痛くなると頭が痛くなるし、肩も腰も痛くなる。。明日、マッサージに行こう。そして終わらせよう。

岡部泉

旅こそ

2017年3月3日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 暁ブリュワリー

◼︎やはり経験に勝るものなし

7年目の社員を先月から一ヶ月のビール合宿に行かせました。広島で20名ほどのビール醸造の合宿です。ビールとは一体どう作られているのかを一から教えてくれます。時々送られてくるレポートに醸造は科学だと書いてありました。いい勉強ができたようです。

今日、彼は戻ってきました。あれっ、ガリガリだったのにいつの間にかふっくらしています。時間があるから自転車でも乗って筋力をつけるように言っておいたのに。。でも、その顔は健康そのもの。いつも無口であまり話すことが苦手な子ですが、話が止まりません。あっという間の一ヶ月だったと興奮気味です。とてもいい経験だったと言います。ホームシックになることもなく、友人もできたみたいです。これまで感謝の言葉なんて聞いたこともありませんでしたが、「本当にありがとうございました」とぺこりと頭を下げていました。やはり旅はどんなお説教よりも人を育てます。かわいい子には旅です。こんなに小さな会社だと社員というより子供を育てているような気分です。

さて、たくさんの知恵が身についたら、早く活躍できる場を作ってあげないといけません。うちのブリュワリーをもっと大きくしてあげないとです。いい水が湧き出るところを探す旅を始めないとです。

岡部泉

2017年3月2日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎歯は労働の代価

建築業の人はなんだか歯が悪い。とある現場で、ふと夜に気になるところがあって現場を見て回っていると同じように現場を回っている人に会います。懐中電灯をもった電気屋さんです。こうして現場が終わったあとに見回っているんですね。「どうも、お疲れ様」。挨拶するとこの方、一歩前歯が無いんです。

私もそうなんですが、夜中までやりすぎると少しお腹が減るのと、今日も終わったなぁとつくづく思いながら飲む一杯のビール。ついつい、眠くなって、、それで歯が悪くなるのです。命かけてやってるわけではありませんが、何かを犠牲にしていることは確かです。こんな年になって歯を大事にと思いますが、やはりギリギリのことをやってると歯もいたわれないのです。

そういえば、この間お会いした現場のリーダーさんの前歯はできたかな。この間は食べるのもコツがいるみたいだったけど。でも今日も図面を見すぎてこんな夜中になってしまい、ついつい癒しのビールをやってます。でもちゃんと歯を磨いてから寝よう。

岡部泉

兄の定年

2017年3月1日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎それでも幸せな会社人生だった

先月の2月いっぱいで兄が会社を定年で退社したというメールを受け取りました。私と兄は同じ美術大学で、出来の悪い素行不良の私といつも優等生で出来の良い兄。そんな組み合わせでした。同じ美術大学だったので、兄が私の作業場に迎えに来て、「おーい兄貴が迎えてにきたぞ」と同じクラスの男子に言われて、なんだか恥ずかしい思いもしました。でも、案外仲も良く一緒にスクールバスに乗って帰ることもあったことを思い出します。

兄は、子供の頃から賢く才能も豊かで大学でも優等生でした。たった二人しか受けられない選抜入社試験を受けて、大手放送会社に入社しました。ファインアートを専攻していた私は大学を卒業しても職はなく当時フーテンと言われたそんな状況でした。好き勝手にどこにいるのかもわからないような旅を気ままにしていました。まさに陰と陽です。でも全然陰が好きなので気にもしていませんでしたが、さすがにアパートの水道が止まってしまった時はこれでおしまいかもと思いました。そこで本格的に生きるために働き始めました。それが今も続いています。

仕事人生、たった一社で働き続けた兄のメールを読んでいると素晴らしい創作の環境にいれたことを幸せだと感じました。兄が関わったたくさんの作品を私も見てきました。最後のテロップに兄の名前を見ることを誇りに思いました。向田邦子さんの「あ・うん」について兄はメールで語っていました。素晴らしい人に出会ったことへの感謝でした。そして当時20代であった自分には分かり得なかったことがそこにあったと書いてありました。

昨日、侍型の働き方は終わったというウエブニュースの記事を見ましたが、私はそうは思いません。この仕事が好きでこの仕事から人生を学ぶことがあるのです。時間も関係なく打ち込める仕事の環境こそが自身の人生をつくると思います。侍の如き美学も必要だと思うのです。でもそれも自由な選択なので止めることはできません。華やな世界に生きた兄と裏方にまわった私ですが、いずれも仕事を全力で懸命にやりきることで、人生とは何かを知ることになったと思います。

欧米型の働き方を見習うこともある側面では必要ですが、社会のために自分が働いているという自覚は忘れたくないのです。ファーストという言葉も一人歩きし過ぎでどうなのかって最近思います。地球のために社会のために誰か知らない人のためにという思いがないと自他不二を信条としてきた日本人らしくありません。

兄のメールに感じたことは、ある時代の懸命な日本人の働き方がとても価値のあるものだったということでした。

岡部泉