日田の町

2017年10月15日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 奥日田温泉 うめひびき

◼︎手仕事のあるまち

今日は現場は、日曜日なので職人の皆さんも少ない。そこでここらの地域調査です。うめひびきのS氏に案内してもらいます。まずは以前から行きたいと思っていた小鹿田焼の窯元を訪ねます。途中の山道には今年の豪雨がもたらした傷跡がまだ残っていました。あらためて災害の大きさを確認することになりました。

小鹿田焼はまさに民藝の器です。私は昔から柳宗悦の民藝運動に賛同していて「用の美」という言葉が好きでした。小鹿焼は全てが手作り。土も釉薬もここで作られます。緑釉に用いられる酸化銅も銅線を焼いて銅を取り出して釉薬にまぜるとのことでした。もちろん器つくりも電気もいらない蹴ろくろです。訪ねた窯元にも二つのろくろがありました。お父さんと息子さんのろくろです。大概はろくろは二つと決まっているようです。これも作りすぎない、産業品にならない、大量生産にしない小鹿焼のポリシーなのでしょうか。土も釉薬も全てが自然のものです。丁寧に自然の産物を使って暮らせるだけのものをつくるということなのかもしれません。なにせ、今は有田だって陶土がなくなってしまっているのですから。一度焼いた土はまた土に戻ることがありません。陶器つくりは地球を削ってできているといつも思っていました。
民藝の真髄は、手の限界が自然や物事の調和を整えるということなのではないでしょうか。人間が奢らないように手という枠をつくるのが民藝ということなのです。

この窯元さんでは、うめひびきの卵をとく緑釉の受け皿付き茶碗を作ってもらいました。本当はこんな大きさの器はつくらないんだけどとお父さんは言います。いつも作っている形とサイズではないとのことでした。でも、つくってみたら案外他のお客さんにも喜んでもらえたそうです。お客さんがまたお客さんをつくるんだねと言ってくれてよかったです。

私も小鹿焼の器を購入して、この山深い静かな窯元を後にしました。次は豆田町で開催されているバーナードリーチと小鹿焼の展示会を見に行きます。
バーナードリーチの作品は、駒場の民藝館でよく見たものです。良く聞いたらその民藝館の作品が陳列されているとのことです。あら、懐かしい。
民藝は世界にももちろん通じているし、民藝の心は共通です。詠み人知らずの民藝こそ愛すべきものであると思います。

昔の想いが左官の町、豆田町でよみがえってきました。
天領の町、豆田ではかつて物、人、金が盛んに流通していただろうと容易に想像できるほどしっくい壁でできた蔵が立ち並びます。左官好きにはたまらない町なのです。その多くの蔵には、その家の繁栄を願うべく鏝絵も付されています。長寿を祈る鶴が舞い、子孫繁栄を願う兎が勇ましく波に乗り、出世を望むために鷹が飛ぶ。松、梅、竹、恵比寿、大黒などそれぞれのモチーフに願いを込めた鏝絵は当時、左官の名手がその家の主人の想いをこめて腕を振るったことでしょう。まさに詠み人知らずですが、手の仕事がまちに根付いていたことがわかります。そういう手の仕事があるまちは、時代を経てもこれを残したいという愛着が生まれてきます。

我がうめひびきにも、この伝統的な手の仕事を残すことができました。大きな赤いベンガラの壁面には、繁栄を祈るため梅の花が波にのり空に舞うがごとくです。どうぞ、いつまでもこの館が愛され繁栄しますように。。。

岡部泉