歳末たすけあい

2015年12月5日 | izumi | 未分類

■どんどん格差が広がって希望がみえない

夜中まで仕事をしてタクシーで帰ることもとも多いのですが、車中で運転手さんと良く話をします。いろいろな人が乗り込み、会社愚痴をこぼしたり、社会問題を語ったり、些細なことで怒ったり、楽しかったことを話したりするだろうタクシー。景気の善し悪しがよくわかるのもタクシー。でもタクシーの運転手さんのほとんどが「いやぁ駄目だね」と言います。この間はニュースでボーナスUPの話がありました。それに関して「お金が儲かってるのは大企業と公務員だけなんだろ、奴らだけがボーナスもらえるんだ」「末端までは回らないよ」とぽつり。同感。

資産のあるなし、学歴のあるなし、才能のあるなしで人生が変わっていくのだと思います。金銭的に豊かな家庭はやはりある程度の社会へ、貧困の家庭は貧困のまま這い上がれないままでいる。その中間層でさえ道に迷い幸せ感をつかめない。昔からもちろん格差はあったけどこんなに幸せ感を感じなくなったのはなぜだろうってこの間の乗ったタクシーの運転手さんと話しました。それは誰かが愛情をもって認めてくれる社会でなくなったからのように思います。親と子の関係もそうです。親が子供を殺してしまう事件が今年は何件もありました。母親も働きに出て子供に触れ合う時間が少ない、父親も働く場がない、それ以上に当たり前の人を愛する心の教育がない、貧困児童も6人に一人というし、いじめはなくならない、若者だって希望が見えず悩み将来を憂う、老人は孤立し声をかけられることもない、切れる老人が増えていくのも老人が家族にも疎まれ、また、IT社会についていけない疎外感なのかもしれない、自分の最後の暮らしはどんなものだろうと想像すると家族はもちろん面倒をみることもないだろうし、介護ハウスも不足し、弱ったからだでどう暮らしていくんだと全く生きる希望を失ってしまいます。

私など一人暮らしの人間なんて老人になったらお金が無い限り社会の邪魔者なのです。

平和や平等のないおかしな国、弱者にやさしさ、手を差し伸べることを忘れた国、他への愛のない心の貧しい日本になってしまっています。これも教育の方向のせいなのでしょうか。豊かさとは何かを子どもたちに教えていかなければなりません。金銭だけでない豊かさ、他を自と同じく思うこと、、

遠く海外にもっともっと苦しんでいる人たちもいます。シリア国内にのこっている人たちは今日一日の命のことを考えるでしょう。しかし、日本国内でも身近な隣人が希望も無く苦しんでいるのです。

歳末たすけあい、とても大事なことです。大変な国の方々への救いの手を差し伸べたいです。でも声が小さく目立つことの無い日本の隣人のことも忘れないでほしいのです。

岡部泉