米朝さん

2015年3月24日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 風流生活日記

■笑いは世相の表現なのか

米朝さんが亡くなりました。ハンサムな落語家さん。仕事先の女将さんに伺ったことですが、大阪の料亭にいつも泊まり込んでいたというお話です。米朝さんの部屋というのがあったりしたくらいで、昔の粋な時代を感じさせます。この間の飛行機の中でも落語を聞きながら帰ってきました。

最近も昔も本当は変わっていないのかもしれませんが、最近、お笑いだのなんだを見ていて思うのですが、ふわふわ感が半端ない。イメージとリズム。お笑い評論家ではないのでただの感想ですが、これが今の傾向なのかな。。イメージとリズム優先、ゆえに理解、認識曖昧にして、尚結構、みたいな感じです。深く考え過ぎないように先導されているかなと勘ぐってみたり。これが今の世相なような気がしてきます。でも、案外これって日本人らしい感覚なのではないかと、また思ったりします。たり、たり、たりとこれもまた、曖昧にして日本人らしい表現。

物事はいつも泡沫と深層を行ったり来たりするもの。少し深層にまで触れる機会が少ないのではと感じます。泡沫だけでは困りますね。笑いだって、何だって、曖昧でかつ軽妙なであることが日本人の信条、それが活きないのは野暮ですから。

岡部泉