花巻から釜石へ

2013年8月7日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブジャパン

■釜石のんべえ横丁

花巻空港から釜石までレンタカーで行きます。前日、山田町で子供のピザ教室を開催していたソウルオブ東北のスタッフたちと合流です。

山田と盛岡でイタリアンの店を構える駒場シェフが、子供たちに手作りピザを教えてくれました。駒場君も山田で開店間近のお店と奥様を失いました。彼の心は山田への愛情で一杯です。こうして、店を開けるまでこれたことをとても感謝しています。山田の子供たちにピザつくりを教えるのも、山田にはピザの宅配が無くなってしまったからです。小さな子供たちもお母さんも簡単につくれるピザ教室に大満足だったという報告を聞くととてもうれしくなります。

そして夜、釜石ののんべえ横丁へと。かつて、橋の上にあった横丁とのこと。ベニスにもある橋の上の飲み屋街。しかし、震災でそれもなくなり、今は町の中に出来ました。かつて橋の上にあったと言う女将さんの店で、以前のお話しを伺いました。店の中にはかつての様子がうかがえる写真がありました。テレビには、渋谷のんべえ横丁のシールがあります。同じのんべえ横丁同士、震災時には冷蔵庫やテレビなどの沢山の支援があったそうです。日本の飲み屋さんのいい話です。

ひとしきり、釜石や東北の話で盛り上がります。釜石は新日鉄がなくなってから、かつて岩手県では盛岡に次ぐ大都市でしたが、震災もさることながら、人口が減っています。人がいてこそ町は成り立つのだとつくづく思います。

町といえば、次は人柄の話。この話はいつも南部藩と伊達藩の境目の話となります。どちらがどうなのかは、わかりませんが、南部藩の人は朴訥で伊達藩の人は機転が利いて、、しかし何とも複雑な県です。何となく混じり合わないのもこういう所から来るのでしょうか。しかし今はそんなことも言っていられません。あるところ血が混じり合うことも必要なのでしょう。大きな困難をみんなで乗り越えていくことが必要です。

岡部泉