碧の座工事会議2

2019年1月22日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 碧の座物語

◼︎責任を持つこと

工事会議も怒涛のような勢いです。決めなければならないもので溢れています。今日のスケジュールをこなすことが私の精一杯の現場への責任です。今回で定例会議はおしまいで、引き渡しまでの2ヶ月半は現場の進行をひたすら応援していきます。
今月で決まらないものは一つもないという気持ちで今回は望みます。その決意はいいのですが、その意気込みのせいで先週は仕事やり過ぎて、疲労気味です。それでも夜半まで皆さんとともに頑張ります。

それぞれの役割を責任をもってやれることは現場では当たり前のことですが、だんだんとその当たり前は、当たり前でなくなったと最近思います。一緒にこの現場をやってくれているY君に、人はどうして責任感をいうものを持つんだろうねと聞くと、彼もなぜでしょうね、、お金だけでなく名誉だけでなく、どうして責任感をもってやるんでしょうねと言います。私も彼も責任を持つということが当たり前と思う時代に全力で生きてきた種族なんでしょう。

当社も最近、面接などをしていますが、当たり前にその時間に来るかと思うとそうでもなく、ドタキャンを平気でする人が「複数」いるのです。はぁ、、そんな無責任なことをする人ってこんなにいるんだ、、時代か?、、しかし、それは、もう良くあることみたいです。礼節をわきまえる真面目な日本人ってもう当たり前じゃない。自由?ではなく勝手が無責任につながってしまっているのです。

建築工事は、いちいち責任が伴います。そして辛い。苦しい。ますます、工事をやりたいなんて人はいなくなるかもしれません。さらなる人手不足になるんでしょう。時折皆さんとの飲み会で、そんな話がでます。設計だってデザインだって、やりたい人は減ってると思います。責任を持つことが昔はひとかどになることの証でした。大人とは責任を持てる人のことを指すのだと思います。責任を果たした先にあるものは、自分の能力が広がったことへの喜びであったり、誰かの役に立てたことへの誇りであると思います。しかし、それも不要となると一体どうやって責任という言葉の意味を伝えられるんだろうと思います。

責任。。それは人間社会の約束なんだけどな。

工事は責任の連続であり塊です。この現場には責任という正しいルールが溢れています。がんばりましょう。一人も欠けることなく全員でゴールを切りたいと思います。

岡部泉