東京0年

2017年8月21日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎何もかも失った東京の一年間

昨夜のNHKで東京ブラックホールという番組をやっていました。1945年終戦の年から1946年までの一年間。東京に何もかもが失われ何もかもがひっくり返った一年のことを語っています。孤児となって餓死する子供たち、闇市で争う人たち、瞬く間に米軍に翻る軍人たち、影で闇を仕切るマフィア、利権をもってのし上がる人たち、このごったかえしの中で勝つもの負けるものがまた生まれていく様が描かれています。

それにしてもこの戦争は国家犯罪であったことを改めて思います。あの混乱の中で食べるものさえ与えられなかった国民を尻目に、政府、官僚、資産家が隠匿した資産は莫大なものでした。権力と利権に目が眩んで戦争を引き起こした挙句、国民を戦争に駆り立て、そして敗戦後も国民に何の責任も取らない日本政府と利権者はどれだけ心が腐っていたんだろうかと思います。悪いやつは根っこから腐ってるんだなと思います。

その当時、天皇陛下はどう思っていたんだろうか。苦しんでいたんだろうか。

そうだと思います。第二回目の玉音放送で、雲の上から降りて人間宣言をしたんだから、それは相当なことだったと思います。

今の天皇陛下が第一回目の全面降伏の玉音放送を聞いたとされる疎開先の家の改築を頼まれています。宿にする方針だそうです。もともとは奥日光にあったものですが、移築されてこの地にあります。すでに改装をされている箇所もありますが、その家に何を表現したらいいのだろうかと兼ねてから悩んでいました。こうして戦争を引き起こした人間の醜さとその戦争の犠牲となった人の悲しみを考えていると残すべきものは、人間の欲への戒めであり、平和への慈しみなんだと思うのでした。残すべきところは残し、改装するべきところは控えめに、この家の持つ役割を伝えられる姿にしていこうと思いました。ようやく答えがでました。

岡部泉