梅干し壁始まる

2017年8月30日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎一番いい時に入ってきた

日田の現場は、いよいよ大詰めです。あと1ヶ月半の勝負です。内装や外構も決めなければいけないことが沢山あって切羽詰まってきました。そんな中、やはり今回の現場の一番の見所は梅干し壁です。梅干し壁って何?ってことですが、ベンガラを塗った外壁のことです。今回の現場は梅がテーマの旅館です。新築棟の左右の壁を梅のモチーフを瓦でつくってベンガラ色の漆喰を塗るのです。今日は半分の壁に瓦をとめる作業が終わったそうです。

ああ、、見たかったな。いつもならこんな一番いい時を逃さないのに。。それでもいろいろと治さないといけないこともあったりで、本当に悔しい思いです。
でも刻々と仕上がる様を画像で送ってくれます。ありがたいことです。
遠くから見守るだけで、本当に残念。。。

岡部泉

秋の気配

2017年8月28日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎八月も終わり、、

毎年一ヶ月ごと季節が早送りされているように感じます。数年前までは暑さ寒さも彼岸までの通りでした。残暑も秋分までと心得ていましたが、暑さも早く始まり、夏が終わるのも早くなりました。どこか地球がおかしいんだな。これじゃ農業も漁業も大変だ。

8月も終わり、また短い秋になり長い冬がやってきます。さて、季節も切り替え、気持ちも切り替え。新たな気持ちで臨みましょう。まずは鈍った体を動かすことから始めます。

岡部泉

やりたいこと

2017年8月27日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎案外ないものだ

ここ10年あまり仕事をしていない日はないんじゃなかったと思います。その前の10年は、両親が倒れてしまい、実家と会社と出張先の行ったり来たりでした。となるとここ20年あまり、プライベートな時間がなかったことになります。その前の10年は日曜日にテニスをしたり友人と会って食事をしていたような記憶があります。そんなことで、時間もなくだんだんと友人とも会わなくなり、いつの間にかただ仕事をするだけの人になってしまいました。

こうして少し体を休めることが課題になったら、どうやって時間を過ごそうかと思ったりします。ネットでこんな人、他にもいるのかなと調べてみたら、案外やりたいことがないっていう人いるんですね。で、趣味をもたないといけないかなと思い、俳句の会やかなの教室やヨガ教室などを調べてみました。でもどうなんだろう、私に合うのかな、、何となく二の足を踏みます。

趣味もなく、何にも興味がなく、私から仕事を取ったら何もないのです。これって昔のお父さんです。定年になったらどうしていいかわからなくなるそんなお父さんの姿が目に浮かびます。

考えてみたら、スポーツもNGで食事も制限があるとなるとどうしたらいいでしょう。それどころか気楽に誘える友人がいないという事実。全てが仕事関係の人とのコミュニケーションなのです。友人がいても皆さん家族サービスで忙しい。ひとりものの友人は、かつての私と同じように介護をしていたりして。。そういう年回りなんですね。お一人様は緊急の時に大変です。最近の病院通いで、検査のたびにもしもの時の緊急連絡先を聞かれるのですが、どこにも連絡先ないんだけどと思います。仕方なく会社の電話番号を伝えます。会社の子だって連絡入っても困ると思うけど。。これも何となく最近、あらためて年寄りのお一人様を寂しく感じたことです。

そんなこんなで、結局、やることも見当たらないし友人もいないので、ゆるっと仕事した方がかえって健康にいいかなと思い仕事をすることにしました。なんとも情けない人生です。

岡部泉

職人タイプ

2017年8月26日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎水餃子つくり

今日は仕事の合間にS氏を手伝って水餃子を作ります。子どものころ、この餃子つくりがすごく好きでよく母とたくさん作っていました。早く美しく。これが目標でした。

今日の餃子は薬膳餃子です。

料理は好きな方だと思います。特に今は、食事に気を使っているので食材選びから調味料選びまでを吟味しています。毎日、生きるために料理をつくる、食べることが生活の最優先となっています。

S氏は料理人さんですが、私の帽子型餃子をみて、いい感じにプリッとできてますね、どうやっているのと聞きます。具をたくさん入れられるように、キュキュと指で返しをつくりつつバイヤスにして丸いカーブにしてるんです。餃子の皮まきでさえ、工夫をするととても綺麗にできます。こうやってこだわるところが、私が職人タイプであることがわかります。毎日1000個くらいつくっていったら達成感あるだろうなと思いました。デザイナーでなくなったら水餃子やさんでもやろうかなと思ったりしました。無愛想な水餃子しかない店、やっぱり薬膳餃子。でもお客様商売は面倒だからネット通販がいいな。その時は小麦粉の皮じゃなくて玄米粉の皮がいいなと思います。

岡部泉

弟子、日田の旅

2017年8月24日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 奥日田温泉 うめひびき

◼︎今日は納品日

今日は、スタッフのT君に一人で納品作業に言ってもらいます。弟子の一人旅です。日田の旅館は9月に部分開業するのです。その第一回目の納品です。うちは企画もしてデザインもして設計もして備品のコーディネートもして納品もします。まさに旅館の仕事を丸受けって感じなのです。いつもは私も張り切っていくところなのですが、この暑さが不安。。。そこで私は居残りで送迎バスのデザインをしたり、T君の報告を受けて指示を出します。
(北の案件はY君が一人で打ち合わせ、、みんながんばれ)

朝早くからT君から細かな連絡がラインで届きます。日田の案件なのでやはり日田のものつくりを取り入れることにしています。日田の家具屋さんにお願いしたキッズエリアの杉の家具が出来てきたそうです。なんだかその家具屋さん、うれしくて楽しくなっちゃって、他の家具もグリーン、黄色、オレンジと色分けして塗っちゃったとのこと。あれま、、でも梅酒の熟成カラーではありませんか。。仕方ないな。これもなんとか受け入れるしかありません。キッズエリアが広がっちゃうな。

梅干し壁と呼んでいる日田の左官の原田さんがやってくれる赤い漆喰壁も始まったそうです。早くいろんなことを解決させて行かなくちゃ。

岡部泉

エプイの癒し

2017年8月23日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 大沼オーベルジュ物語

◼︎心の洗濯

エプイの客室にリビンスグパという温泉とリビングルームを合体させた部屋を増築しました。今回はその部屋に泊めてもらいました。木々を見ながら大きな温泉を独り占めして、リビングでワインや好きなドリンクをいただけるのです。大きなスクリーンもあります。お風呂に何度も入ったりくつろいだりを繰り返せる癒しの部屋なのです。こんな部屋が家にあったらとつくづく思います。緑みて温泉入って仕事して映画みて音楽聞いてワイン飲んで、、これ理想的。

今日の朝は昨日の雨があがり青空が見えます。木々の葉の間から明るい日差しが差し込んでいます。床暖房の効いたタイルにヨガマットを敷いて「体の硬い人用のヨガ」をします。硬い体が伸びて気持ちいいです。ああ、、心の洗濯、命の洗濯です。

小沼に向かってせり出した桟橋も出来上がっていました。波の音を聞きながらぼんやりと瞑想するのもいいです。
ついでに木立の間のハンモックに揺られてみました。緑がキラキラしていて美しい、、ああ、、これは、天国かな、、癒される。またさに心と体の洗濯。。

こうしたのんびりとしたオーベルジュは連泊滞在がオススメです。ここが暇な時に一週間くらい居させてもらいたいです。そんなことを言ったら、「ここで仕事してなさいよ。みんなで打ち合わせにきますよ」と社長。いやいやそれじゃあ、こころ休まらないじゃない。。

岡部泉

エプイ一周年

2017年8月22日 | izumi | イエローデータデザイン日記, 大沼オーベルジュ物語

◼︎一年は長い、、短い?

今日は函館大沼までオーベルジュエプイの一年点検に行きます。久しぶりの出張です。あまり体力のいらない仕事なので参加します。それと昨年、短い工期の中、頑張ってくれた地元のゼネコンさんや電気屋さん、設備屋さんに再びお礼を言いたいと思いました。時々、寄っては点検をしてくれたり補修をしてくれたりととてもこの施設を大事にしてくれているのが嬉しいのです。

エプイはオーベルジュとして立ち上げました。広い敷地に旧館を利用した宿泊施設に新たにレストランを併設しました。レストランのランチには毎日170名くらいのお客様をお迎えします。今日も土砂降りだというのに、観光バスで乗り付けてきていただいています。

大沼のイメージは空高い青空と沼に浮かぶ緑の島です。そんな風景に心癒されに来たのにあいにくの雨。しかし、最も条件の悪い時の点検の方が欠点もわかっていいのです。あまりの大雨に樋から雨が溢れ出したり、勾配がうまくとれていない通路の修正具合を見れたりと、雨の中皆で回りました。

そして、今日はみなさんお泊まりなので、久しぶりのディナーをご一緒します。こうして一年間、苦楽を共した人たちと囲む食事は格別です。今日はアルコールは控えめにしつつ、工事中の話や今後のこの館の展望などを話します。

岡部泉

東京0年

2017年8月21日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎何もかも失った東京の一年間

昨夜のNHKで東京ブラックホールという番組をやっていました。1945年終戦の年から1946年までの一年間。東京に何もかもが失われ何もかもがひっくり返った一年のことを語っています。孤児となって餓死する子供たち、闇市で争う人たち、瞬く間に米軍に翻る軍人たち、影で闇を仕切るマフィア、利権をもってのし上がる人たち、このごったかえしの中で勝つもの負けるものがまた生まれていく様が描かれています。

それにしてもこの戦争は国家犯罪であったことを改めて思います。あの混乱の中で食べるものさえ与えられなかった国民を尻目に、政府、官僚、資産家が隠匿した資産は莫大なものでした。権力と利権に目が眩んで戦争を引き起こした挙句、国民を戦争に駆り立て、そして敗戦後も国民に何の責任も取らない日本政府と利権者はどれだけ心が腐っていたんだろうかと思います。悪いやつは根っこから腐ってるんだなと思います。

その当時、天皇陛下はどう思っていたんだろうか。苦しんでいたんだろうか。

そうだと思います。第二回目の玉音放送で、雲の上から降りて人間宣言をしたんだから、それは相当なことだったと思います。

今の天皇陛下が第一回目の全面降伏の玉音放送を聞いたとされる疎開先の家の改築を頼まれています。宿にする方針だそうです。もともとは奥日光にあったものですが、移築されてこの地にあります。すでに改装をされている箇所もありますが、その家に何を表現したらいいのだろうかと兼ねてから悩んでいました。こうして戦争を引き起こした人間の醜さとその戦争の犠牲となった人の悲しみを考えていると残すべきものは、人間の欲への戒めであり、平和への慈しみなんだと思うのでした。残すべきところは残し、改装するべきところは控えめに、この家の持つ役割を伝えられる姿にしていこうと思いました。ようやく答えがでました。

岡部泉

母の命日

2017年8月20日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎今年は花火が上がらない

母がなくなって11年が経とうとしています。母が亡くなる前日は多摩川の花火大会でした。病室から華やかに上がる花火を見て満足してあの世に行ったと思いました。花火が好きだったな。母自身も夜空を彩る花火のように明るく華やかな人でした。誰にでも優しく楽しく接する母だったので、どこにいっても輪の真ん中にいる人でした。親子でもこうも違うのかと思うくらい陰と陽。
今年の多摩川の花火大会は豪雨と雷で散々。花火は次へ持ち越しです。

あれから10年あまりが経ったというのに、相変わらず私は成長もせず同じようなことに悩んでいます。どこかで母みたいに吹っ切れた人生を送らないとと思うのですが、元来、母のように花がないので仕方ありません。「私は私なりだね」、額の中で明るいオレンジ色の服を着て微笑むお母さんにそう話しかけて気がつきました。「あれっ、だんだん顔が似てきた」。でも、考えてみたら年をとると誰でもたるんで似てくるものかもしれません。

岡部泉

デザインの価値

2017年8月19日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎日本はデザインもデザイナーの価値も低い。。

私の仕事は、旅館にしても商品にしてもそれらの社会的必然性を探しながら、そのものあるいはそのプロジェクトに新しい価値を与えることだと思っています。その手段としてデザインがあります。単にデザインを表層的視覚効果と考えているわけはありません。デザインにも必然性があってこそだと考えています。そしてデザインは、いろいろな役割をもつチームに分かれていて、あるものは道化のように可愛らしく、あるものは背筋を伸ばして凛々しく、あるものはひっそり息を潜めて、あるものは大胆に振る舞い、、そこに多くの役者がいてまるで演劇の舞台があるようです。

それぞれの役割を演じてもらいながら、全体の調和をとっていくことこそがデザイナーの役割なのです。
ひとつのデザインが変われば、その他のデザインの役割も変わります。演劇であれば、脚本のひとつの言葉が変わればその相手役の言葉も変わる、音楽であればひとつのフレーズが変われば次のフレーズも変わる。同じことです。全てはハーモニーなのです。それを操るのがデザイナーの仕事です。

建築では、予算によってやむなくデザインの変更が行われることが良くあります。そのときは単にその箇所だけの変更を考えているわけではありません。ひとつが変わればその他のデザインも変わるのです。最初に考えていたハーモニーが崩れたときにまた新たなハーモニーをつくらなければならないのです。だから苦しく悩むのです。頭の中で形と予算がまぜこぜになって、恐ろしいほど悩むのです。ここだけ変えてるんだからいいんだろうと大概の現場ではそう思われています。そこでややこしい人という扱いが生まれてきます。現場全体に、別にいいじゃないかデザインなんて、早く決めて現場はとっとと進めたいんだよという空気が湧いてくるのです。

もともと建築という世界は、建築設計士という人の方の地位が高く、私のような社会的資格のない企画やデザイナーの地位はとても低いのです。尚且つ男社会。資格イコール社会的な価値、資格偏重の業界です。(もちろん、中にはそうでない設計士の方もゼネコンの方もいらっしゃいます。)私は何の資格も持っていませんが、それを卑屈に思ったことはありません。コンセプトをつくり基本デザインをつくり、そして細かな最終的な意匠の監理をする立場として、なぜ価値が低いのかがわかりません。0から1を作ることの方が重要だと考えているからです。プロジェクトの骨格をつくる企画デザイナーの立場が裏街道ばかりでは、おかしいんじゃないかと思います。
そんな業界では、コンセプトワークと基本設計と意匠デザインをどんなにしていても、地震祭では裏方ですし、記者会見でもメディアにもゼネコンさんと建築設計会社の名前だけで当社の名前は出ることもありません。どんなに現場であくせくがんばっても社会的には価値のない役割に押し下げられてしまうのです。

これでは後続の子達が誇りをもって育たないと思い、先日、とあるプロジェクトでそんなことを伝えたら、そのプロジェクトの責任者には「いいじゃない今更、いつも裏なんだから、裏のままやってくださいよ」、ゼネコンの営業さんには、「立場ですかぁ、どうしますか、まっ、うちと設計会社さんが表に立ってるんで、ざっくりデザイン監修ってことでいいですかぁ」。ほんと、アホらしくなりました。この数年、誰がこのプロジェクトをここまで引っ張ってきたんだという思いがフツフツと湧いてきます。少しセーブしないとなぁ。体あってのデザインです。

これからは表面的な名前や社会的資格の優先じゃなくて、本来の価値を認めてくれるところで仕事した方がいいなと思うのでした。仕事先も仕事も選ばないと限りある人生、無駄になるなと思いました。

岡部泉