兄の定年

2017年3月1日 | izumi | イエローデータデザイン日記

◼︎それでも幸せな会社人生だった

先月の2月いっぱいで兄が会社を定年で退社したというメールを受け取りました。私と兄は同じ美術大学で、出来の悪い素行不良の私といつも優等生で出来の良い兄。そんな組み合わせでした。同じ美術大学だったので、兄が私の作業場に迎えに来て、「おーい兄貴が迎えてにきたぞ」と同じクラスの男子に言われて、なんだか恥ずかしい思いもしました。でも、案外仲も良く一緒にスクールバスに乗って帰ることもあったことを思い出します。

兄は、子供の頃から賢く才能も豊かで大学でも優等生でした。たった二人しか受けられない選抜入社試験を受けて、大手放送会社に入社しました。ファインアートを専攻していた私は大学を卒業しても職はなく当時フーテンと言われたそんな状況でした。好き勝手にどこにいるのかもわからないような旅を気ままにしていました。まさに陰と陽です。でも全然陰が好きなので気にもしていませんでしたが、さすがにアパートの水道が止まってしまった時はこれでおしまいかもと思いました。そこで本格的に生きるために働き始めました。それが今も続いています。

仕事人生、たった一社で働き続けた兄のメールを読んでいると素晴らしい創作の環境にいれたことを幸せだと感じました。兄が関わったたくさんの作品を私も見てきました。最後のテロップに兄の名前を見ることを誇りに思いました。向田邦子さんの「あ・うん」について兄はメールで語っていました。素晴らしい人に出会ったことへの感謝でした。そして当時20代であった自分には分かり得なかったことがそこにあったと書いてありました。

昨日、侍型の働き方は終わったというウエブニュースの記事を見ましたが、私はそうは思いません。この仕事が好きでこの仕事から人生を学ぶことがあるのです。時間も関係なく打ち込める仕事の環境こそが自身の人生をつくると思います。侍の如き美学も必要だと思うのです。でもそれも自由な選択なので止めることはできません。華やな世界に生きた兄と裏方にまわった私ですが、いずれも仕事を全力で懸命にやりきることで、人生とは何かを知ることになったと思います。

欧米型の働き方を見習うこともある側面では必要ですが、社会のために自分が働いているという自覚は忘れたくないのです。ファーストという言葉も一人歩きし過ぎでどうなのかって最近思います。地球のために社会のために誰か知らない人のためにという思いがないと自他不二を信条としてきた日本人らしくありません。

兄のメールに感じたことは、ある時代の懸命な日本人の働き方がとても価値のあるものだったということでした。

岡部泉