相馬漁協

2016年12月9日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎試食会に浜のかあちゃん、漁師たちの料理

引き続き、相馬に入ります。まだ試験操業しかできない浜の皆さん。それでも浜の魚を使って商品をつくりたいというのでそのお手伝いをしています。

まだまだ原発のどうにもなりません。それでも前に進むことを選んだのです。

底引き船ちーむは短い時は1日、長い時は3日ほど船上にいて、1日4食食べるそうです。朝、昼、夜、夜。そのご飯をつくる人をまんま炊きというそうです。そのご飯をまんま飯といいます。この「まんま飯」をタイトルに使いませんかと意見を出しました。

小型船は大体刺身にして食べているみたいです。あまりお金にならない魚でもうまいのがあんだよといいます。そんな魚を製品にしたいとのことです。いわゆる「俺のさかな」って感じです。

浜のかあちゃんたちは、順調に開発を進めています。さすがに浜のかあちゃんは現実をよく把握しています。着々とチームワークよく進めています。

今日は、そんな彼らの浜の料理を商品化する6次化プロジェクトの試食会です。いつもお世話になっている岩手の司厨士協会の会長をしている狩野シェフにきていただきました。相馬出身なのです。

しかし、ここには加工場がないので。商品にすうるには、品質管理や加工場探しなど難関はたくさんあります。商品は、相当な戦略がないと売れないものです。道は遠いけれども、これも勉強です。

ひとつひとつクリアしていこうとおもいます。

岡部泉

東北の沿岸のまちづくり

2016年11月12日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◼︎女川のまちを訪ねます

仙台から松島を通って女川へ向かいます。松島は初めて訪れます。松島はなんといっても、天橋立、宮島と並ぶ日本三景です。土曜日の行楽シーズンということなのか、予想以上の沢山の人出です。歩道には人が連なっています。松島は震災の時には、被害が少なくほとんどの店舗や家がきちんと残っています。そのほかの沿岸地域とのあまりの差に驚きました。それは松島の島々たちが津波の力を吸収してくれたからだという事を聞きました。

松島では、穏やかな松島の風景とアナゴのひつまぶしとカキフライを食べて、観光客気分満喫です。東北の沿岸を回ってこんな気分になったのは初めてです。普通に楽しめるのです。松島はこれからも観光地として大丈夫なんだな思いました。でもひとつ気になるのは松食い虫にやられてる松が多かったことです。松のない松島では困ります。

松島を抜けて、石巻、そして女川へ。石巻は一番最初に東北に入るきっかけになったところです。あの当時は商店街がとんでもないことになっていて、どうしようもない気持ちになりました。しかし、風景は思い出せないほど大きく変化しています。

女川は、テレビでもよく放映される土地です。駅と海まで抜ける商店街をこうして実際見てみると、複雑な気持ちになりました。

この駅は石巻線の終着駅なのです。坂茂氏のデザインによるものです。まちのにぎわい拠点をつくるコンパクトシティという構想でした。駅には温泉があり、地域の人たちが楽しむ場となっています。商店街は雑貨店、お土産やさん、カフェバー、ギター作りの工房、居酒屋、中華、スナックと様々なテナントが沢山並んでいます。新旧世代の混合という感じです。建物はモダンなデザインとなっていて軽井沢の星野やさんのようなイメージです。

しかし、もう夕方だというのにオープンしている飲食店はほとんどありません。昼間の経営か終了している店もあります。ぶらぶらと見ていたら、そのひとつの店の人が声をかけてくれました。お店でコーヒーをいただくことになりました。いろいろと話をしてくれました。住居は山側に移転したので、この周りに人通りは少ないのだということです。また、住宅ができるまでに仙台や石巻に移ってしまった人は、もう戻ってこないと諦め顔で話してくれました。人口が少ない上に、代行タクシーというものがないことと宿泊施設がないことで(トレーラーハウスの宿泊はある)、なかなか集客が難しいようです。9月から最近まではサンマ船と原発の作業をする方が多かったからよかったけど、自分たちもそろそろどこかに移ってしまおうかと思っているとのことでした。

日も暮れて夜になり、きれいに整備されたデッキテラスの樹木がアッパーライトに照らされて、リゾート地のようです。これからこの周りには郵便局や庁舎ができる予定のようです。ここまでつくるには沢山の話し合いがあったことかと思います。まちを考えることって本当に難しいことだとつくづくと思いました。

岡部泉

いわての浜のくらし

2016年11月6日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

■漁師って楽しいということ

今日は、海洋大学で、「まるごといわて浜の魅力イベント」が開催されました。いわての浜のくらしを紹介しつつ、担い手を募集したいという試みです。いつもお世話になっている岩手の沿岸広域振興局の方々がこのイベントを主催しています。案内を頂いたのでお邪魔しました。

丁度、ディスカッションの時間に間に合いました。復興支援で大槌に訪れた人がそのまま漁師になっていました。東京の方です。また、鎌倉に住んでいたのにやはり海が好きで釜石で漁師になった人、親がもともと漁師で、震災を機にUターンした方、皆さんまだ若い担い手です。それぞれが浜のくらしの魅力を語ってくれました。

まずどうして漁師がいいのか、それは浜の飯がまずうまい。その飯のうまさが原動力だと言います。魚がうまいのはわかっていたけどワカメってこんなにうまいんだと思ったといいます。そうでしょう。私も毎日岩手のわかめ食べています。わかめについては相当語れる自信があります。そして、漁師は魚だけじゃない、山に入って山菜とったり、松茸とったりと海と山のくらしを両方楽しめる、それも山の近い三陸ならではのことです。この松茸とりが結構な売上になったりするそうです。

そうなんですよね。三陸は松茸結構採れるのです。私もこんなにじたばたしていなければ、、、田野畑の松茸穫りに誘われていたのに、、今年は秋の王様を穫りのがしているのです。来年こそはと思っていました。

漁師になるきっかけは、突きん棒という銛でマグロのような大きな魚を突くのを見た時、カッコイイと思ったことからだそうです。三陸は、深みのある湾ゆえに意外と大きな魚の寄り付きもある地域です。そうだろうな、目に浮かびます。老人と海みたいなガチな戦いが、このリアル感の無くなった現代においてすごくカッコイイのだと思います。

そして、漁師になって嫌だったことという問いには、寒さは慣れてくるけれど、はえ縄漁で、ご飯も食べる暇がないほど魚を取り続けることがあるそうです。その時間は20時間くらいになることもあるとのこと、がしかし、ご年配の漁師さんは「おれは60時間くらい操業したことあるんだ」とか言われてへなちょこ扱いされることが嫌だなと思うとのこと。これはあるあるです。大概年上の人はどんな時代でもあっても俺の若い頃はと言うのです。それはどの職業も同じです。(少し私も耳が痛い話です)

それともう一つ大事なこと。それは若い女の子がいなくて結婚の可能性がとても低いこと。お見合い合戦でもしないと次の世代に移れません。次は女の子が漁師を好きになるような対策が必要です。これはまちづくりも一緒に考えないといけないように思えます。子供や女性が生きやすいまちって大事なんだと思います。

あとは、船や漁具が高いこと。揃えると数千万かかるそうです。そして新座ものは、中古を手に入れたくとも人脈がなくて大変だということ。まず操業のためのインフラは、県にも何とかしてほしいものだ、そうでなければ着業も難しいと言うことでした。レンタルの仕組みがあればいいなと思いました。誰でも参加できる仕組みがないとなかなか担い手育成は難しいし、持続はもっと大変です。あとは自然相手のことなので共済の仕組みも大事だそうです。

あと面白い話がありました。ほや漁の時にえらこ(多毛綱ケヤリ科の環形動物)というやつに刺されると納豆アレルギーになってしまったそうです。あんなに納豆食べていたのに、納豆が食べれなくなるなんて、、、そしてこれは研究対象になったそうです。ふと見るとその方の腕はアレルギーの湿疹で赤くなっていました。

と言いつつも、漁師がいいのは生涯現役でいられることだそうです。仕事も趣味に近く頑張れば頑張っただけ収入もあるし、やりがいがあるのがやはり魅力だそうです。少し私の仕事とも似ています。でもきっと自然は怖い時もありますが、その中に身を投じていることが最もな魅力なのだと思います。自然と人間のリアルな原点がここにあるのだと思います。

自然の中で、一日しっかり働いて、浜のおすそわけ文化があって、美味しい飯や酒にありつける。シンプルで刺激のあるくらしが浜のくらしなのだと思いました。だから飽きずに年をとってもチャレンジし続けられる人がいるのだと思います。

また、私も船に乗せてもらおう。邪魔しないようにと言われたり、気持ちも悪くなる時がありますが、確かに海の風は何かを吹っ切る力があります。

若者たちが、皆で協力して新しい漁師の魅力を伝えていってほしいと思います。

岡部泉

大川小

2016年10月27日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

■51分の真実が知りたい

石巻の大川小の子どもたちが津波でなくなりました。東北の支援活動で、石巻にも伺いました。その大川小の不幸は衝撃的で今でも心に残っています。あまりにも多くの幼い命が亡くなってしまいました。岩手も宮城も多くの子供たちがなくなりました。こうして裁判に発展した例は初めてのことと思います。

学校の責任は、先生の責任は、どうして裏山に逃げるように指導できなかったのか。子供失った親御さんたちは本当にその真実を知りたいでしょう。そして仙台裁判所で勝訴の判決が下りました。

この裁判で思うのは、どうして市や学校は真実を隠すのでしょうか。これだけ尊い命が亡くなったというのに、この期に及んで対面の方が大事とは、全く情けない話です。こんな教育者では困ります。

ただただ、子供たちの冥福を祈るばかりです。

岡部泉

東北の旅人2

2016年8月11日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◾︎ライトアップ大槌

久しぶりに沿岸へと向かいました。最近は仕事が忙しすぎて、沿岸になかなか行けませんでした。嵩上げもすすみ防潮堤もできつつあります。でも海も見えずに寂しい感じがしました。

今夜は大槌で花火を各地であげるライトアップニッポンというイベントがあります。ここ大槌の被害は大きく町長が亡くなられて復興が遅れてしまいました。初めて被災地で食堂のサポートをしたのも大槌でした。その時はまだまだあたりは何もない状態でした。食べるところはこの食堂だけという状況でした。簡単な料理しか出せない食堂でした。それでもあたりの方には大変貴重なものだったと思います。もうその食堂は復興が進み道路ができたりしたのでありません。

そんなことも思い出しながら、イベント会場に向かいます。小さなテントや屋台が並んでいます。意外にも若い人たちや子供たちが多く、なんだか嬉しくなりました。お盆ということで里帰りした人もいたと思います。でも子供の声は地域を元気にするんだと改めて思います。

そして、同じTシャツをきた東京の大学生ボランティアの人達が地元の子供たちと遊んだりイベントの準備をしています。きっといい経験になるだろうなと思い微笑ましくなります。忘れかけてしまいそうな被災地にこうしてきてくれている学生達がこんなにいるなんて、日本の将来もまんざらじゃないなと思ったり。

大槌といえばホタテ。大槌には自然に湧き出る海底湧水があるので、格別に美味しいのです。美味しいホタテ焼きの匂いがしてきました。いやいやLL玉のホタテです。ホタテにはS,M,L,LLと大きさが分けられています。大槌のホタテは大きいように思います。これぞホタテの王様と言わんばかりです。それも安い。早速いただきます。おいしい!甘い!いい感じの歯ごたえ!

そうこうしているうちに花火が上がります。大喜びで子供たちが堤防に集まりますが、時折大きな波が堤防に押し寄せ、波が跳ねてびしょ濡れに。かつて砂浜でしたが、今はすっかりなくなってしまいました。またここを砂浜に戻そうという活動があるそうです。やはり砂浜あっての海岸です。堤防ばかりでは風景にならないでしょう。風景は心を育てるものです。本当に大切なものなのです。早速署名をして、また美しい海の町になりますようにと祈ります。

岡部泉

田老のブログ

2016年3月23日 | izumi | ソウルオブ東北

■ようやく再開しました。

今、田老漁協さんはわかめの収穫で大変な時期です。そのせいか、最近田老漁協の畠山さんのブログが更新されていませんでした。そしたら、正直なもので先頃まで農水ブログのランキング1位、2位だったので更新しなくなったら急に5位まで下がってしまいました。

田老の様子が伺えるので、毎日楽しみに読んでいたブログです。早く更新したらとメールを打ちました。

ほんとに肉体労働らしいんです。わかめの収穫というものは。ということでようやく更新されました。

応援してくださいね。

http://ameblo.jp/msaki-wakame/

岡部泉

風土の会

2016年3月20日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

■まめ、まめ、まめ、、、

今日はほろほろ鳥の生産者である石黒さんに誘われて、水沢江差で行われる「風土の会」に出席しました。この「風土の会」というのは年に数回この奥州市で行われる地元の食物をつかった伝統料理を皆でつくり食べる研究会です。とても意義のある会であります。私もこの会に数回お邪魔したことがあります。

今回のテーマは「まめ」。「まめ」は岩手の県北が主な産地です。ここ奥州市は「もち」の文化圏です。県北では米は貴重な食べ物で、ほとんど食べることはできず、雑穀や豆が主食でした。白飯は特別な日のハレの食であったようです。しかし、今は雑穀は栄養価の高い健康食で世界中で注目されています。

今日は、80歳の食の匠の渡辺貞子さんの呉汁と県北の安藤直美さんの「ヘッチョコ団子汁」に始まり、まめづくしの心身ともに健康になれそうなお料理をみんなでつくります。今日の参加者は4世代に渡り80名ほど。山形大学の男の子たちや一ノ関高校の調理部の子たちなど若い子たちが、人生の先輩に伝統食を習います。とても良い会だと思います。

沢山の健康食が揃いました。さぁいただきます。滋味のあるお料理は、心地よく体にしみ込んでいきます。

糠竃で炊いたご飯も、亀の尾、ささしぐれ、ささにしきとお米も三代。つまり亀の尾はささにしきのおじいさんにあたる米なのです。自然栽培で作られた阿部さんのお米を食べ比べできる良い機会でした。いやはやどれも美味しくては見事な食味でした。

こんな食事が毎日だったらと思うのですが、手間をかける豊かな気持ちがないとなかなかできません。

渡辺さんはすでに80歳を超えているというのに、老眼でもなくシャキッとしていらっしゃいます。これぞ手間を惜しまない暮らしの証です。渡辺さんにはご自身が書かれた「つたえたいおふくろの味」という本を頂きました。体にいいお料理ばかりです。良く読んで見習うことにしましょう。

岡部泉

復興横断道路

2016年3月19日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

■風の丘はどうなるんだろう

復興道路がどんどん出来て、北上から釜石までがとても近くなりました。しかし、以前必ず立ち寄って、地元の野菜や食品を買っていた遠野の道の駅「風の丘」はこの道路には面していません。この「風の丘」は全国でも優秀な道の駅でした。こんな風にこれまでのお客様の流れが変わってしまって「風の丘」の売上が心配になります。3割減くらいと聞きました。

便利にはなっていくのですが、小さな町は寄り道もせず通り過ぎてしまうことでしょう。目的地へまっしぐらなのです。復興道路から少し外れている田老でも道の駅をつくる計画がありますが、相当に魅力的な道の駅でなければなかなか難しそうです。それぞれの地域がそんな悩みを抱えているのです。

釜石の帰りは復興道路から外れて遠野によってみることにしました。遠野は私の尊敬する柳田国男の記念館があるまちです。河童伝説や座敷童など民話のまちです。しかし今日は連休の初日ですが、通りを歩く人はあまりいません。少し暖かくなったとはいえまだ観光の季節ではないようです。

我々は遠野のズモナビールを訪ねました。ずもなというのは、やはり民話の国らしく「〜そうな」という聞き伝えの方言だそうです。「遠野にいいビールがあったそうな」ということです。礼儀正しいブロワーさんと震災直後に、復興ラベルのボトルを作ったことなどを懐かしく話しました。遠野は内陸と沿岸を結ぶ中間地点としてNPO団体が滞在した地域でもありました。今は辞めてしまったいますが、一緒に活動してきた子たちもこのブリワリーに寄って、クラフトビールの話をしていたことを知るとまた随分時がたったのだと感じるのでした。

岡部泉

働きやすい水産加工場

2016年3月18日 | izumi | ソウルオブ東北

◾︎今日は釜石にてお話しします。

労働環境の改善は、水産加工場も、我が社も同じように必要だということをお話しします。良好なコミュニケーションのあるところに人は集まるということです。

「話そう。育てよう。助けよう。」です。

講演が終わり、、

30人ほどの方に来ていただき、お話をしました。あまりにも結論は単純な話なのです。まずは「おはよう」そして「ありがとう」ここから始めましょうということなのです。

そして若い人には、まず同じ目線で我慢強く理解をして行きましょう。世代間格差をなくすためには、それしかないのです。年長さんがまずは耳を傾けることなのです。

最後のディスカッションでは。「これは駄目だというのにやってしまう時はどうしますか」「どうしてもうまくいきません」という質問を頂きました。そうなんです。解決方法は話し合いしかないし、その人が出来ることをお願いするしかないのです。私だってこれまで沢山失敗しました。怒ってしまったり、飽きれてしまったり、どうして出来ないのかがわからない、、そんないらだちを何度も繰り返しました。しかし、それは管理者としてリーダーとしては忍耐が不足しているのです。今こうして人前で話してようやく自分を追い込むことができました。

一番ためになったのはこの私でした。

また、「今後もこの活動は続けてもらえますか」という質問には、「教育や雇用促進が専門でもないのと思うので、どうなんでしょう、でもお役に立てるならば」とお答えしました。本来は、もっと専門的な知識を持つ方が改善をしていただくともっと皆さんのお役にたてるのだと思いました。

岡部泉

働きやすい水産加工場

2016年3月16日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◾︎コミュニケーションこそ最も大事な改善策

今週の金曜日に釜石にて「働きやすい水産加工場とは」という講演をします。人手不足でいずれの加工場は悩みを抱えています。水産加工場で働いてもいないのに、何を大仰なことをと言われるかもしれません。実際、水産加工場の社長に、「水産加工場のことなんか東京の人間にわかってたまるか」と言われたことがありました。

全くその通り。誰も各々の本当の事情は知る由もないのです。私だって、こうしたらああしたらと言う運営改善のコンサルティングの方に「経営をしたことのないコンサルの人に、小さい会社の経営者の辛さなんてわからないのでは、そんな風にうまくやれたらもっと会社は大きくなっていますよ」と思ったことがあります。ただ、被害者意識は何も生みません。少しでも前に進みたいと思うところに道は開かれていくのだと思います。

何かをしなければ、この現状を解決し進んでいくことができないとすれば、やるしかありません。この提案をするにあたって調査をしてみてわかったことは、やはり人間はどんな職業であっても、人と人とのつながりを最もストレスとし、最も重要とするということです。

もちろん雇用対策の改善方法はいくつかあると思います。簡略化のための機械化や設備の導入、賃金の向上、福利厚生の整備、労働時間の厳守、しかし何よりも大事なのはコミュニケーションだと思います。上司と雇用者、雇用者同士のコミュニケーションこそがよい労働環境を生み出すのです。

こうして考えていくと、当然、我が社にも同じことが言えます。

何か壁にぶつかったら話し合い、壁にぶつかる前に話をしておくこと。まず「話し合おう」です。

岡部泉