東北の旅人2

2016年8月11日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◾︎ライトアップ大槌

久しぶりに沿岸へと向かいました。最近は仕事が忙しすぎて、沿岸になかなか行けませんでした。嵩上げもすすみ防潮堤もできつつあります。でも海も見えずに寂しい感じがしました。

今夜は大槌で花火を各地であげるライトアップニッポンというイベントがあります。ここ大槌の被害は大きく町長が亡くなられて復興が遅れてしまいました。初めて被災地で食堂のサポートをしたのも大槌でした。その時はまだまだあたりは何もない状態でした。食べるところはこの食堂だけという状況でした。簡単な料理しか出せない食堂でした。それでもあたりの方には大変貴重なものだったと思います。もうその食堂は復興が進み道路ができたりしたのでありません。

そんなことも思い出しながら、イベント会場に向かいます。小さなテントや屋台が並んでいます。意外にも若い人たちや子供たちが多く、なんだか嬉しくなりました。お盆ということで里帰りした人もいたと思います。でも子供の声は地域を元気にするんだと改めて思います。

そして、同じTシャツをきた東京の大学生ボランティアの人達が地元の子供たちと遊んだりイベントの準備をしています。きっといい経験になるだろうなと思い微笑ましくなります。忘れかけてしまいそうな被災地にこうしてきてくれている学生達がこんなにいるなんて、日本の将来もまんざらじゃないなと思ったり。

大槌といえばホタテ。大槌には自然に湧き出る海底湧水があるので、格別に美味しいのです。美味しいホタテ焼きの匂いがしてきました。いやいやLL玉のホタテです。ホタテにはS,M,L,LLと大きさが分けられています。大槌のホタテは大きいように思います。これぞホタテの王様と言わんばかりです。それも安い。早速いただきます。おいしい!甘い!いい感じの歯ごたえ!

そうこうしているうちに花火が上がります。大喜びで子供たちが堤防に集まりますが、時折大きな波が堤防に押し寄せ、波が跳ねてびしょ濡れに。かつて砂浜でしたが、今はすっかりなくなってしまいました。またここを砂浜に戻そうという活動があるそうです。やはり砂浜あっての海岸です。堤防ばかりでは風景にならないでしょう。風景は心を育てるものです。本当に大切なものなのです。早速署名をして、また美しい海の町になりますようにと祈ります。

岡部泉

田老のブログ

2016年3月23日 | izumi | ソウルオブ東北

■ようやく再開しました。

今、田老漁協さんはわかめの収穫で大変な時期です。そのせいか、最近田老漁協の畠山さんのブログが更新されていませんでした。そしたら、正直なもので先頃まで農水ブログのランキング1位、2位だったので更新しなくなったら急に5位まで下がってしまいました。

田老の様子が伺えるので、毎日楽しみに読んでいたブログです。早く更新したらとメールを打ちました。

ほんとに肉体労働らしいんです。わかめの収穫というものは。ということでようやく更新されました。

応援してくださいね。

http://ameblo.jp/msaki-wakame/

岡部泉

風土の会

2016年3月20日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

■まめ、まめ、まめ、、、

今日はほろほろ鳥の生産者である石黒さんに誘われて、水沢江差で行われる「風土の会」に出席しました。この「風土の会」というのは年に数回この奥州市で行われる地元の食物をつかった伝統料理を皆でつくり食べる研究会です。とても意義のある会であります。私もこの会に数回お邪魔したことがあります。

今回のテーマは「まめ」。「まめ」は岩手の県北が主な産地です。ここ奥州市は「もち」の文化圏です。県北では米は貴重な食べ物で、ほとんど食べることはできず、雑穀や豆が主食でした。白飯は特別な日のハレの食であったようです。しかし、今は雑穀は栄養価の高い健康食で世界中で注目されています。

今日は、80歳の食の匠の渡辺貞子さんの呉汁と県北の安藤直美さんの「ヘッチョコ団子汁」に始まり、まめづくしの心身ともに健康になれそうなお料理をみんなでつくります。今日の参加者は4世代に渡り80名ほど。山形大学の男の子たちや一ノ関高校の調理部の子たちなど若い子たちが、人生の先輩に伝統食を習います。とても良い会だと思います。

沢山の健康食が揃いました。さぁいただきます。滋味のあるお料理は、心地よく体にしみ込んでいきます。

糠竃で炊いたご飯も、亀の尾、ささしぐれ、ささにしきとお米も三代。つまり亀の尾はささにしきのおじいさんにあたる米なのです。自然栽培で作られた阿部さんのお米を食べ比べできる良い機会でした。いやはやどれも美味しくては見事な食味でした。

こんな食事が毎日だったらと思うのですが、手間をかける豊かな気持ちがないとなかなかできません。

渡辺さんはすでに80歳を超えているというのに、老眼でもなくシャキッとしていらっしゃいます。これぞ手間を惜しまない暮らしの証です。渡辺さんにはご自身が書かれた「つたえたいおふくろの味」という本を頂きました。体にいいお料理ばかりです。良く読んで見習うことにしましょう。

岡部泉

復興横断道路

2016年3月19日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

■風の丘はどうなるんだろう

復興道路がどんどん出来て、北上から釜石までがとても近くなりました。しかし、以前必ず立ち寄って、地元の野菜や食品を買っていた遠野の道の駅「風の丘」はこの道路には面していません。この「風の丘」は全国でも優秀な道の駅でした。こんな風にこれまでのお客様の流れが変わってしまって「風の丘」の売上が心配になります。3割減くらいと聞きました。

便利にはなっていくのですが、小さな町は寄り道もせず通り過ぎてしまうことでしょう。目的地へまっしぐらなのです。復興道路から少し外れている田老でも道の駅をつくる計画がありますが、相当に魅力的な道の駅でなければなかなか難しそうです。それぞれの地域がそんな悩みを抱えているのです。

釜石の帰りは復興道路から外れて遠野によってみることにしました。遠野は私の尊敬する柳田国男の記念館があるまちです。河童伝説や座敷童など民話のまちです。しかし今日は連休の初日ですが、通りを歩く人はあまりいません。少し暖かくなったとはいえまだ観光の季節ではないようです。

我々は遠野のズモナビールを訪ねました。ずもなというのは、やはり民話の国らしく「〜そうな」という聞き伝えの方言だそうです。「遠野にいいビールがあったそうな」ということです。礼儀正しいブロワーさんと震災直後に、復興ラベルのボトルを作ったことなどを懐かしく話しました。遠野は内陸と沿岸を結ぶ中間地点としてNPO団体が滞在した地域でもありました。今は辞めてしまったいますが、一緒に活動してきた子たちもこのブリワリーに寄って、クラフトビールの話をしていたことを知るとまた随分時がたったのだと感じるのでした。

岡部泉

働きやすい水産加工場

2016年3月18日 | izumi | ソウルオブ東北

◾︎今日は釜石にてお話しします。

労働環境の改善は、水産加工場も、我が社も同じように必要だということをお話しします。良好なコミュニケーションのあるところに人は集まるということです。

「話そう。育てよう。助けよう。」です。

講演が終わり、、

30人ほどの方に来ていただき、お話をしました。あまりにも結論は単純な話なのです。まずは「おはよう」そして「ありがとう」ここから始めましょうということなのです。

そして若い人には、まず同じ目線で我慢強く理解をして行きましょう。世代間格差をなくすためには、それしかないのです。年長さんがまずは耳を傾けることなのです。

最後のディスカッションでは。「これは駄目だというのにやってしまう時はどうしますか」「どうしてもうまくいきません」という質問を頂きました。そうなんです。解決方法は話し合いしかないし、その人が出来ることをお願いするしかないのです。私だってこれまで沢山失敗しました。怒ってしまったり、飽きれてしまったり、どうして出来ないのかがわからない、、そんないらだちを何度も繰り返しました。しかし、それは管理者としてリーダーとしては忍耐が不足しているのです。今こうして人前で話してようやく自分を追い込むことができました。

一番ためになったのはこの私でした。

また、「今後もこの活動は続けてもらえますか」という質問には、「教育や雇用促進が専門でもないのと思うので、どうなんでしょう、でもお役に立てるならば」とお答えしました。本来は、もっと専門的な知識を持つ方が改善をしていただくともっと皆さんのお役にたてるのだと思いました。

岡部泉

働きやすい水産加工場

2016年3月16日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◾︎コミュニケーションこそ最も大事な改善策

今週の金曜日に釜石にて「働きやすい水産加工場とは」という講演をします。人手不足でいずれの加工場は悩みを抱えています。水産加工場で働いてもいないのに、何を大仰なことをと言われるかもしれません。実際、水産加工場の社長に、「水産加工場のことなんか東京の人間にわかってたまるか」と言われたことがありました。

全くその通り。誰も各々の本当の事情は知る由もないのです。私だって、こうしたらああしたらと言う運営改善のコンサルティングの方に「経営をしたことのないコンサルの人に、小さい会社の経営者の辛さなんてわからないのでは、そんな風にうまくやれたらもっと会社は大きくなっていますよ」と思ったことがあります。ただ、被害者意識は何も生みません。少しでも前に進みたいと思うところに道は開かれていくのだと思います。

何かをしなければ、この現状を解決し進んでいくことができないとすれば、やるしかありません。この提案をするにあたって調査をしてみてわかったことは、やはり人間はどんな職業であっても、人と人とのつながりを最もストレスとし、最も重要とするということです。

もちろん雇用対策の改善方法はいくつかあると思います。簡略化のための機械化や設備の導入、賃金の向上、福利厚生の整備、労働時間の厳守、しかし何よりも大事なのはコミュニケーションだと思います。上司と雇用者、雇用者同士のコミュニケーションこそがよい労働環境を生み出すのです。

こうして考えていくと、当然、我が社にも同じことが言えます。

何か壁にぶつかったら話し合い、壁にぶつかる前に話をしておくこと。まず「話し合おう」です。

岡部泉

大震災、次の年から

2016年3月12日 | izumi | ソウルオブ東北

■5年めは節目なのか

ここ一週間ほど東日本大震災に関する番組が多く組まれて、被災地の現状と問題について語られています。多くはTVで良く見かけるタレントさんやアナウンサーが語ります。しかし、政治家ってこんな時に何か語ろうと努力しているのだろうか、姿が見えません。

オリンピックの事はうきうきと語れても、被災地のことは政治家だって見えないんだろうと思います。問題が多様すぎて解決には相当の熱意と時間が必要です。最も考えたくないのは政治家かもしれません。

5年の月日の間にすでに別の土地で生活は始まり、その根はその土地に根付きはじめています。被災地では嵩上げがされて復興住宅が建てられていたり、今後も計画されています。しかし、そこに住まう人の数は不明です。私たちが回っている地域でも、埋まっていない復興住宅があります。

人口流出は止まらず働き手も少なくなりました。働く人が少ないということは経済も不安定になるということです。水産加工場は万年人手不足となっています。

5年前に考えられたまちの計画は本当のニーズにマッチしているのかも疑問です。国というものは、一度決めた工事を多様に変化するニーズに合わせて考えることが出来ないものだということを、身にしみて感じています。誰のための工事なのか、誰のためのまちづくりなのか、当事者が置き去りにされているように思うことがあります。私が親しくしている魚卸しの会社も今度防潮堤の工事のために目の前の魚市場から移転させられます。彼は、防潮堤がここに必要なのかといつも疑問を投げかけています。そこに暮らす人たちの本当の声を聞き、現況把握から将来を考え、まちの企画をしなければならない、そんな思いがあります。盛り土を白い煙を立てながら被災地の道路を走るトラックの群れを見ながら疑問に思うのでした。

しかし、個々の被災者の本当の問題は何か、その答えは国も行政にも支援者にもなく誰も想定できません。それぞれにその答えを作り出す自立の時に来ているのだと思います。5年めの次、6年めにその答えを自身で見つけ出す覚悟が迫られてくるように思います。それは被災地であってもなくても当たり前の課題であります。私がお手伝いしていた水産加工場では、被災地の加工場だからではなく、その差別無く平等に査定されて売れる商品でありたいと語ります。

5年は語呂のよい客観的節目かもしれませんが、この問題はこれからも誰にでも続いていくのです。

岡部泉

2011年3月11日から

2016年3月11日 | izumi | ソウルオブ東北

◾︎5年の歳月に冥福を祈る

あの震災から5年が経ちます。私が生きてきたこの平和な時代におきた大災害でした。押し寄せる巨大津波、重油が燃え盛る黒い海、そして原子力発電所の崩壊、このとてもない災害に言葉を失いました。日本人としてやるべきことは一つ。寒さで震える人、お腹を空かせる子、心に空洞が空いてしまったひと、こんな私でも何かできることをとにかくさせて欲しい。そう思いました。

ソウルオブ東北を立ちあげ、今も東北に向かっていますが、復興の形は、仮設住宅にお住まいの方、水産加工場を経営する方、働く方、漁師さん、それぞれの立場によって違うことをひしひしと感じます。私たちができることは小さく、頼りないものです。それでも思いは変わらず東北の未来のために寄り添っていきたいと思います。

14時46分。皆で震災で亡くなられた方のご冥福とこれからの東北の未来に黙祷を捧げました。

岡部泉

震災からもうすぐ5年

2016年3月5日 | izumi | ソウルオブ東北

■これからの未来を悲しみから考える

あの震災から5年。しかし、あまりの問題の大きさと種類に解決するべき方法がわかりません。

津波と原発の問題は大きく解決方法が異なります。原発の問題は、だれもがどうしようも出来ない焦燥感をもっているでしょう。故郷に戻れない悲しみ、失われた生活への悔しさ、無くした農地や牛への思い、大切に守ってきたものを失うことがどんなものなのか、もちろん津波で大切な人や生活をうしなった悲しみも同じだと思います。その悲しみは当事者でなければ語れないことだと思います。

当事者でないものが、出来ることはただこの震災を忘れず、求められることを精一杯やることです。

私たちは、その悲しみを心に刻み、この震災から何かを問題提議しなくては、その方々の悲しみへ報いることはできない、そう思います。こうして今、生きている者がこれからの政治や行政、価値観や生き方、自然と経済のあり方を問い直すことをあらためて考えていななくてはならないと思います。

岡部泉

働きやすい加工場

2016年3月4日 | izumi | ソウルオブ東北

■働く方々にインタビュー

水産加工場の雇用は大変厳しく生産にも大きな影響を与えています。新たな雇用もですが、今働いてもらっている方々の働く環境を改善する必要があるのです。

今日は早速、この加工場のベテランさんに集まってもらいました。勤続10年から18年というベテランの女性たちです。班長さんという役割をされています。どんなお悩みありますか?という質問に最初はえ〜とあまり話したがらない様子です。でもだんだん打ち解けてきたらいろいろなことを話してくれました。

三年前にもここでインタビューしました。この加工場は仕事環境のことでは今はあまり不満はないようです。昨年の秋、とても新しく綺麗な工場になりました。畳がないので体を横にできないという問題はありました。塩ビタイルの床に毛布を敷いて休まれていました。それでは痛かろうと思いました。設計者さんがそこまで皆さんの意見を取り入れてくれなかったのでしょう。

そして、さすがベテランの責任感の強い方々です。驚きの不満がありました。納期を間に合わせるために土日でも出て仕事したいのにさせてくれないというのです。なんと素晴らしい勤労意欲。経営者としては残業代の節約ということなのでしょうが、この意欲羨ましい限りです。

大きな問題はやはり、人間関係なんです。女性が多い職場ですから全員が仲良しなわけではありません。それは水産加工場に限ったことではありません。どこもそうだと思います。世代間の感覚の格差もあります。若い子が一緒に昼ご飯食べたがらない、なんで、、とか。もっと忘年会とか新年会とかにきちんと参加して欲しいとか。みんなコミュニケーションもっとしたいと思っているようです。それは彼女たちが職場を良くしたいというリーダー的な意識が強いからです。よくわかります。

日本全国的に、若い子たちは一人の時間や自由を優先しているようです。上司とお酒を飲んだり食事をしたくない人が7割近くいるのですから。なんでお昼まで一緒にいないといけないのと、思っているのですが、悪気があるわけではなく、そんなものですよと話しました。だからあまり不思議がらなくて良いのですと言いました。でも月に一度くらいは、みんなでお茶っこをして話ができるようになるといいですね。

しかし、それよりも重要なことがありました。上司が挨拶をしてくれない、一生懸命間に合わせたのにお礼を言ってくれない。これが最もな不満でした。おやおや、これはいけません。おはよう、ありがとう、一緒に働く人たちの基本マナーです。でも、これはこの間うちの会社でも話したことでした。同じですね。

早速、直してもらいましょう。皆さんにおはよう、ありがとう、大事なことです。

岡部泉