東北の桜は固く

2018年3月23日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◼︎盛岡のイタリアンレストラン

東京の喧騒とは全く違う世界が東北にはありますが、それでも盛岡はゆったりとした都会です。朝、打ち合わせの前にらぶらぶらと散歩してみます。東京の桜はもう開花したのに、まだまだ桜の枝の先の蕾は固く春が遠いことを感じさせます。

雪がちらつく静かなひんやりした空気の中、同じ時間なのに土地によってその時間の質は違うものだと感じます。それが人間に影響するんだろうって思います。それが文化や風土になるのでしょうか。

打ち合わせが終わり、近くの知り合いのイタリアンレストランにランチを食べに行ってみます。電話では話したりしていますが、数年前に行ったきりでした。山田町の人で津波でとてもご苦労されました。今でも彼の最初の電話を覚えています。もう、どうしたらいいのだろうと。でも何も答えることができませんでした。ただ一緒に被災地で炊き出しをしました。

今は、盛岡で店を再開して、とても美味しい山田町の牡蠣のパスタを出してくれています。今年の牡蠣は大きいそうです。今年は天候が悪く波が荒いので牡蠣も必死になって大きくなるんでしょうか。

苦労は人を強くさせます。牡蠣もそうなんだろう。私はそんな苦労が好きです。穏やかな優しい海もいいけど、厳しい顔を持つ海の方がどこか気持ちを強くさせる気がします。

また一緒にがんばろうね。やはり、料理人らしく店の玄関で見送ってくれた彼に、心のなかでそう伝えました。

岡部泉

2時46分

2018年3月11日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎黙祷

亡くなられた多くの方へ哀悼を伝えます。どうぞ安らかに。

岡部泉

東日本大震災から7年

2018年3月11日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎東北に幸あれ

震災から7年が経ちました。この激しい変化の時代、あんな大きな災害であっても風化しそうな記憶になってしまいそうです。しかし、私は7年前の今日に流れたあの衝撃の映像は忘れることができません。東北の方々の不安と恐怖を思うと心が締め付けられるようでした。こんな暖かい部屋で眠ることができる自分がいて、悲しみに暮れながら寒さに震える人がいて、こんな不平等なことがあっていいのかと嘆きました。

何ができるのかもわからず、震災から1ヶ月後には陸前高田に立っていました。被害にあった面積の広さに圧倒されました。かつて住宅であっただろう柱や建材がうず高く要塞のようにただただ広がっていました。夕暮れの中、もちろんナビなど無用なこと、その黒い塊が続く中を迷いながら走っていきました。ほんの一ヶ月前までここにたくさんの人が、笑い、語り、働き、暮らしていたんだと思うと、どうしようもない無力さを感じました。

すぐに団体を立ち上げ、地元のシェフの協力をいただきながら、東北の避難所に向かい始めました。大きな体育館で寝泊まりする方々、ただ静かにみなさんで助け合いながら過ごされていました。悲しくて悲しくてどうしもない心境だったと思います。それなのに、東京から来たと話すと「遠いところからありがとう」と手を握られます。みなさんに食事を手配し終わり帰る時には、おばあちゃんも子供達も「気をつけてねぇ」と手を振って見送ってくれました。一番大変なのはみなさんなのに、こうして気を使ってくれる人たち。あたたかい。

とても印象にのこっていることがあります。それは気仙沼の小学校の体育館に行った時です。皆さんに汁物を配っている時です。一人の男性が近寄ってきて、津波のことを話してくれました。「津波が来た時、おっかぁの手を握りおっかぁは俺の腕を掴んでいたのに、その手が腕からするりと抜けていって津波に飲みこまれていったんだ。その時のするりとした腕の感覚が忘れられ無いんだ。。。」と自分の腕をさすりながら話してくれました。たった一人、心が本当に痛み続けていたのだと思います。慰める言葉が見つかりませんでした。その後、数行のメールが送られてきました。そのメールには「親切にきてくれてありがとう」と書かれていました。携帯も何もない状態だったこと、名刺も何も渡していなかったこと、図書館のパソコンを使って私を探してメールをくれたのです。こんな風に東北の人たちはとても謙虚です。どこに行ってもみなさん優しいのです。
何度も東北に伺う度に、すっかり東北のファンになりました。

そして今、沿岸の風景も変わりました。道路が通り内陸からのアクセスが格段に良くなりました。町もできました、マルシエもあります。しかし、そこにはまだまだ人の匂いは落ち着きません。これからが本当の復興が示される時です。観光、産業、文化、教育、芸術、それぞれが育つためにはどうしたらいいのかを考えなければなりません。

こうして7年が経ちましたが、東北にお邪魔してなんのお役に立てたのかわかりません。ただ、これからも東北の幸を願うことは変わりません。東北に幸あれ。

岡部泉

三陸情報

2018年1月21日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◼︎三陸の冬はこれから

東日本大震災の支援活動をきっかけに三陸によくおじゃましています。今でもおつきあいしている漁協さんがいます。その職員さんのブログを登録してあるので、そのブログから三陸の海の状況を日々把握しています。
どうやら、三陸の冬はこれからで、時化の季節を迎えるようです。その前にわかめの間引き作業やらに勤しんでいる様子が伺えます。そして春告魚のニシンの画像がありました。この時化の季節をのりこえたら、三陸にも春が訪れるのです。

2月になったらわかめ漁が本格的に行われます。その時にまたお伺いしたいと思います。わかめ船から見る日の出は最高です。お正月の日の出は朝早く出かける気がしませんが、こういう時の日の出は別格です。この日の出を毎日眺める漁師という仕事もいいなぁと思うのでした。(冬の海は冷たくその苦労は絶え間ないのに、、こうしてなれもしないくせに、いいとこ取りの憧れ発言は都会人の悪いところ、、無責任発言ですみません)

岡部泉

爆弾低気圧

2017年12月25日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◼︎水産加工場プロジェクト最後の日

東北に爆弾低気圧がきています。そんな時に合わせたわけじゃないけど東北に出張です。新幹線も遅れがち。盛岡から釜石に向かいます。山道に差し掛かると横殴りの雪。

大変な天気ですが、今年の東北の仕事納めなのです。二年間通った水産加工場の働き方改善のためのプロジェクトの最後の日なのです。
水産加工場も女性たちが待っているのです。かわいいベトナムの子達も、熟練の技をもつ社員の方も。いつもこんなことを話そう、こんな問題があるのと書き留めた紙を持参してくれている人もいます。

二週間前から改善した項目についてのアンケート調査をします。ベトナムの子達とのコミュニケーションのために、ベトナム語で挨拶ができるように休憩室にベトナム語の挨拶を貼り出してもらいました。嬉しかった!とベトナムの子達は可愛く答えてくれます。でも最後にもっと仕事したいって会社に言ってくださいと言います。休憩時間もいらないからもっと働きたい、つまりもっと稼ぎたいというのです。彼女たちは時給で働いているのです。三年間国には帰れないのですが、ベトナムよりずっと日本は収入がいいので家を支えるにはとてもいい仕事なのです。そして、ここはとても皆さん親切なので居心地もいいのです。だから彼女たちはいつも仲間たちとおしゃべりをして楽しそうです。彼女たちの存在が水産加工場を支えていると思います。帰り際も元気に手を振って別れを惜しんでくれました。

この二年間の成果は確かにあったとは思いますが、東北の水産加工場の事態はまだまだ大変であることには変わりません。しかし、この水産加工場は積極的な改善で、社員の方にも地元の方たちにも確かな評価を得られています。少しは役に立てたかなと思います。

岡部泉

加工場意識調査3

2017年11月17日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎ベトナムの女の子たちがかわいい

日本全国人手不足と言われていますが、水産加工場はもっとそうなのです。しかし、その人手不足を助けてくれているのがベトナムからきた女の子たちです。

この加工場は働き方改善を行っていることもあり、今年も多くの子達がこの会社を選んで来てくれました。今回のプロジェクトの成果の一つは「選ばれる水産加工場」です。

どの子もベトナムで日本語を学んできています。アンケートの質問でわからないことは積極的に聞いてくれます。なんといってもその間もみんなで相談するのでワイワイと賑やかで楽しそうです。
アンケートの回答を見ると、みんな仕事がたのしい、とてもいい会社、みんなとても親切、そしてもっと残業したいと書いてあります。もっと働いてもっと稼ぎたいという本音です。

なんとも素直でかわいらしい。目がキラキラしています。日本は豊かになりすぎたのでしょうか。日本の子達は悩みが多い。ベトナムの彼女たちは、とてもシンプルです。彼女たちの方が幸せなのかなと思います。

彼女たちに何が一番したいってきいたところ、「いろんなところに行ってみたい」「一番行きたいところはトウキョー!」。今の女の子らしい答えでした。いつか東京に来たら訪ねて来てね。

そして、最後にベトナム語を教わりました。「ありがとうってなんて言うの?」「カムオン」とても難しい発音で、小さな先生に何度もダメだしをされました。最後までうまく言えませんでしたが、「いい感じです」と慰められました。みんなこんなに発音が違うのに日本語を覚えてくれているんだと思いました。挨拶励行をしているので、日本のみなさんもベトナム語の挨拶をお返ししようということになり、休憩室に貼り出すことにしました。次に会う時まで私も練習しておきます。

岡部泉

加工場意識調査2

2017年11月16日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎ギャップ3つ

水産加工場の働き方改善の意識調査の中でコミュニケーションを潤滑にすることが重要であることがわかります。もちろんこの問題は、あらゆる世界で共通することなのだと思います。

ギャップから生まれるコミュニケーション不全の一つ目は男女の性別間ギャップ、二つ目は若者と熟年者の世代間ギャップ、三つ目が現場と管理部との部署間ギャップです。

男女間ギャップについては、根が深いです。もともと男女とは脳の仕組みが違うので感性も違うのです。女性たちは些細な圧力で傷ついたりしているのです。より一層努力がないとこのギャップは埋まりません。特にここ東北の男性は、真面目で頑固でお世辞や冗談など軽口など叩きません。女性を面白い話で楽しませたりすることなんてまずないように思います。ここがまたいいところなんですが、コミュニケーションとしては不利なのです。熟女たちは面白い人なんていないよねぇ、なんとなく怒っているみたいでプレッシャーを感じるよねぇといいます。そんなことないよとけげんそうに男性陣はいいますが、きっとまだまだ女性陣の気持ちがわかっていないんだろうと思います。

そして世代間ギャップ。どうやら若者はお昼もスマホばかりを見てるらしいです。それは照れでもあるかと思いますが、こんな光景は全国、あらゆる職種であること。この問題は若者から近寄っていく必要がありそうです。アンケート調査でも一人の時間を大事にしたいと書いていますが、困った時に助けてくれるのは先輩なのです。自分を少し変えて接するのが社会なんですがね。
三つ目は部署間ギャップ。現場と管理部とでは顔も名前も知らないことが多く、同じ会社の社員同士として寂しい限りです。その改善としてランチを一緒に食べるという試みをしましたが、これは場を盛り上げる人がいると大変効果的ですが、そうでないとお通夜みたいになるらしいです。キャラクターに影響が大なので、もう一考です。

こんなようなことを繰り返していくうちにだんだんと問題に気がつき改善されていくようです。私が何ができるわけではないのですが、第三者として何かみなさんのはけ口にはなれているようです。

岡部泉

加工場の意識調査1

2017年11月15日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎挨拶は心を開く第1歩

ソウルオブ東北の活動の中に働きやすい水産加工場プロジェクトがあります。

水産加工場には女性の力が欠かせず、90%は女性が働いています。若い子から60代の方まで、毎日分単位で仕事をこなしていく彼女たちは本当に優れた働き手です。この水産加工場は昨年来から続けているので二年目になります。お知り合いも増えました。成果測定のためのアンケート調査をお願いするのですが、待ってましたといわんばかりに沢山の意見がでます。第三者に話す方が気楽なのだと思いますが、その元気さには驚きます。ワイワイと加工場をどう良くしていくのかという熱い討論が続くのです。

中でも主任のT子さんは私よりも2歳ほど若い方ですが、みんなを束ねる要のような方です。もう定年になってしまうのが残念です。この方の統率力は本当に素晴らしいのです。皆に元気を与えるそのパワーはきっと男性も敵わないでしょう。
管理職は大体は男性陣ですが、いつか現場から管理職が生まれてくれたらいいのにと思いました。そんなお手本ができたらみんな、もっと頑張れるのだと思います。加工場の現場の女性の地位をあげるのも今回のプロジェクトの目的でもあります。

そんな話を管理職の方に提案をしたのですが、もちろんその可能性はあるんですよと言っていただきましたが、その空気は遠い未来のことのように感じました。

この一年の間に、いくつかの改善をしました。休憩室の断熱材をいれたり、スローガンをつくったり、人事考課測定を考えたり、就業規則をきちんと置いたり、休憩時間の明記をしたりと労働環境の整備をしました。

そして一番問題だったのは、コミュニケーション不足でした。まずは挨拶から始めました。「おはよう」「ありがとう」「おつかれさま」。管理職の方から声をかけてもらうことにしました。簡単なことのようですが、実行し持続するのは案外大変です。

挨拶とはまず心を開く第1歩、笑顔を引き出す魔法。

一年の成果報告では続けてくれているみたいです。その結果女性陣はとてもいい気持ちがする、やる気がでるという答えが返ってきました。中には挨拶をしても返してくれない上司がいるという意見もありましたが、それは個人的に修正をしてもらうしかありません。総体的にはコミュニケーションの第1歩としては効果があったようです。

それにしても熟女たちの力とはすごいです。パワーあります。このパワーをもっともっと認めてあげたいと思います。

岡部泉

海の子

2017年11月8日 | izumi | イエローデータデザイン日記, ソウルオブ東北

◼︎牡蠣船で女の子に出会う

山から海へと向かいます。ここ三陸は震災後から通い続けてきたところです。復興が進んで街も変わりました。街だけでなく浜も変わりました。13メートルの防潮堤ができて、浜と街はくっきりとしたグレーの直線で区切られるようになりました。空にコンクリートの尾根ができました。なんとも美しくない。全く美を感じない風景にしてしまった防潮堤。三陸の海と山と浜が近い風景が失われています。

人はもうすでに高台に住むことをルールにしているので、もし津波があっても大丈夫な自然との境界ができているのです。なんといっても心をつくる風景が失われていることが大きな損失なのです。

反対しても反対しても、もうゼネコンに発注終わってるので止められませんだって。
まちの人は東京のやつらにしてやられたよっていいます。いや東京じゃないんだよ、国なんだよ。。
住む人はだれも喜んでいないという悲しい復興?の傷跡です。
こんなところに巨額のお金を使うのではなくもっと三陸の文化や子供たちの教育に使ってほしかったと思います。

その防潮堤の小さな四角い切り取りの隙間から浜へ出ます。これも変な感じ。前は海が見えて浜が見えて船が見えてたどり着いたものです。今は長いコンクリートをたどって浜にいくのです。なんとも情緒がない。

そんなことをもう今更言っても仕方ないかもしれませんが、防潮堤の工事は今も続いているのです。やれやれなのです。

今日は牡蠣船に乗せてもらいます。青い空、青い海。そしてそこに眠る三陸の黒い宝物。家族で運営する牡蠣養殖です。牡蠣船には何度か乗せてもらいました。あれっ、若い女の子が働いてる。珍しい。船の上で幾つもの牡蠣箱を持ち上げて積み上げています。かなりの肉体労働。

なんとその女の子は神奈川の大学をでてここで働くことにしたそうです。なんでまた?と尋ねるとアルバイトで手伝いにきたら、この海に心がスカッとしたんで、決めたんですといいます。そうか、この風景がこの子の心を動かしたんだな。

この子は海の子だったんだ。

この風景に心が響いてここにいるんだ。やっぱり風景って大事だ。

岡部泉

東北で良かった

2017年4月27日 | izumi | ソウルオブ東北

◼︎復興大臣って東北を知らない

東北での支援活動の時から思っていましたが、復興大臣になる人って、東北にはいなくて東北のことを知ろうとしない。復興庁だって虎ノ門にあるんだから。復興庁って官僚のどこかに通じる通過点なんだな、そんな印象でした。東北の復興の形は未だ模索中です。

ただ、東北に6年通ってわかったことは、あの凄まじい津波の被害に東北人は静かに耐えたことです。悲しく寂しく辛く耐え難いことが重なったにもかかわらず、誰かを恨むわけでもなく、大騒ぎをするわけでもなく、お互いを思いやって最悪な状況から立ち上がってきたのです。
東北だから東北人だからこそ、可能だったことです。辛抱強く耐えることができるのは東北人だからこそなのです。

この大臣さん、何も苦労なく辛抱することなく裕福に育った方なんでしょう。何も東北人の辛さを知ろうとも知らない中途半端な人は、復興大臣になってはいけないんだとつくづく歴代の人たちの顔を思い浮かべます。

岡部泉